今年の春休みは、ミュンヘン、デュッセルドルフとその近辺、そしてザルツブルクと旅行してくることができた。3月26日に関西空港を出発し、フランクフルトでの乗り継ぎを経て、その日の夕方にミュンヘンに到着。ホテルに荷物を置いてすぐ、コンサート会場のガスタイクへ出かけ、マゼール指揮バイエルン放送交響楽団の演奏会(R.シュトラウスの「ドン・キホーテ」と「英雄の生涯」)を当日券(ステージすぐ横の席)で鑑賞。これが、今回の旅行の最初の晩となった。マゼールの指揮は、相変わらず器用だが、あまり共感は覚えないなという印象。オケの演奏は、なかなか水準が高く、悪くはなかったのだが。
さて、当初の予定では、ミュンヘンにはもう少し滞在して、翌27日は、同じ会場でレヴァイン指揮ミュンヘン・フィルの演奏でマーラーの交響曲第9番を聞くつもりでいたのだが、どうもコンサートよりオペラに接したいという欲求の方が高まり、予定を早めて、翌日にはもう、デュッセルドルフ空港へ飛んだのだった。これは、3月は、14日に高松でN響、20日は大阪でウィーン・フィルと、オケの演奏会が続いたこともあるが、日本ではめったに接することのできない20世紀オペラを、ぜひ見ておきたいという気持ちの方が大きかったからでもある。
ブリテン 『ピーター・グライムズ』 (1999年3月27日、エッセン)
デュッセルドルフ空港駅から列車でエッセンに移動したのは、1945年にロンドンで初演されたこのブリテンのもっとも有名なオペラを、ぜひ一度生で見たかったからである。エッセンのオペラ劇場は、1988年秋にオープンしたばかりのまだ新しいモダンな建物。指揮者のショルテス(Stefan Soltesz)がよかったせいか、演奏は期待を裏切られない水準の高いもので、十分に満足することができた。このオペラは、いくつかの間奏曲も有名で、4つの海の間奏曲として独立して演奏されることもある。私も『ピーター・グライムズ』の音楽に最初に接したのは、バーンスタインの最後の来日公演となった1990年、札幌のPMF音楽祭でのロンドン交響楽団との演奏会であった。この時のブリテンの間奏曲の演奏は、今でも強い印象となって残っているが、今回、実際のオペラの中での間奏曲として聞いて、改めてこの音楽の素晴らしさを確認することができた。
小さな漁村で周囲から異端者扱いされる漁師グライムズを主人公としたこのオペラで、特に印象に残ったのは、第1幕第2場の嵐の描写。居酒屋に外から新たに人が入ってくる度に扉が開けられるのだが、その扉が開いた時の音楽の変化が実に見事で、音響と視覚の一体感には感心させられた。第2幕冒頭の間奏曲の演奏も抜群で、その後の教会の場面、舞台裏の方からオルガンや合唱の音が聞こえてくるのも舞台効果満点。やはり、オペラの生の舞台はいい。帰国後、この時の感銘を反芻しようと、録音を聞いたり録画を見たりもしたが、あまりよみがえらなかった。やはり生の鑑賞には及ばないのだろう。
演出はドレーゼン(Adolf Dresen)で、手堅くまとめていたように思う。ウィーンでワーグナーの『ニーベルングの指環』の演出もした人だが、これはちゃちな感じだったので、20世紀オペラの方が、手腕が発揮されるのではなかろうか。
プフィッツナー 『パレストリーナ』 (1999年3月28日、デュッセルドルフ)
今年1999年、R.シュトラウスと同様に没後50年を迎えるドイツの作曲家プフィッツナーの代表的なオペラ。1917年にミュンヘンで初演。16世紀イタリアの作曲家パレストリーナを主人公としたオペラ。教会音楽をグレゴリア聖歌のみにし、多声教会音楽を排除しようとする動きに対抗するため、枢機卿はパレストリーナにこうした動きを覆すような新しいミサ曲の作曲を依頼する。パレストリーナは断るが、過去の大作曲家や死んだ妻の亡霊が現われて、作曲するように励まされる。天使の歌声が聞こえ、これを五線譜に書き写し、一夜でミサ曲を書き上げる。ここまでが第1幕だが、この第1幕の最後で、美しく壮麗な音楽が展開するので、これも一度は実演に接したいと思っていたオペラであった。
このオペラ、午後6時開演で、終演は10時を過ぎるのだが、この第1幕の最後のために、全曲が存在するのではなかろうか。とにかく、実に圧巻である。天使の歌声の個所は、劇場の最上階の客席の扉が開けられ、そこから歌うので、まさに天上の歌声である。最後は舞台裏から教会風の鐘やオルガンが聞こえたり、聞き応え十分であった。
続く第2幕はトリエント宗教会議の場面。退屈するだろうと最初は予想していたのだが、会議場に各国の司教たちが続々と到着する中、テオフィルスというイタリアの司教の一人が、一人だけお遍路さんのような衣装で、実にユーモアのあるコミカルな演技で笑わせてくれたので、会議のシーンでも退屈することなく楽しめた。この人はパンプフ(Helmut Pampuch)という人で、10年前に『ジークフリート』のミーメや『こうもり』の弁護士役でも楽しませてくれたことを思い出した。こういう人がいると、オペラは楽しい。
指揮はヴァラト(Hans Wallat)という年輩の堅実で典型的なドイツの音楽監督タイプの人。この19世紀の後期ロマン派色のまだ濃厚な大曲を、冒頭のきれいな前奏曲から安心してじっくり聞かせてくれた。演出はレーンホフ(Nikolaus Lehnhoff)で、ミュンヘンで『ニーベルングの指環』も担当した人。この人も、『指環』はたいしたことはなかったのだが、こういう新しいオペラでは、手堅い仕事をしているようである。なお、この舞台は、ロンドン(コヴェントガーデン)とローマの劇場との共同製作とのことであった。
ヤナーチェク 『カーチャ・カバノヴァ』 (1999年3月29日、デュッセルドルフ)
前日に引き続き、同じデュッセルドルフで今世紀のオペラを鑑賞。最近、再評価が著しいヤナーチェクのオペラ。1921年にブルノで初演された『カーチャ・カバノヴァ』。とにかく、ヤナーチェクの音楽の音のマジックの素晴らしさを感じさせてくれる体験であった。 指揮も前日と同じヴァラト。最後で舞台一面がヴォルガ川になり、そこにカーチャが身を投げるのが印象的だった。
今回の旅行は、このあと、4月1日から5日まで、ザルツブルクのイースター音楽祭でのベルリン・フィルの演奏を満喫してくることが最大の目的ではあったのだが、日本ではほとんど見ることのできない20世紀のオペラを3日連続で鑑賞できただけでも、十分なご馳走となったのだった。