高松交響楽団第91回定期演奏会のステージ写真をアップしたよ!
パユが復帰するんですか。
70年代のベルリンフィルを録音でしか知らない世代としては、
ゴールウェイが復帰してくれないかな、なんて半分冗談半分本気で
思っていたのですが。そんなこと、やっぱり不可能ですよね。
私の所属するオケの、次回の演奏会(11月18日)のプログラムはマーラー5番。
ひょっとしたら、久々にティンパニ担当になるかもしれません(^_^;)。
そうなったら、もうしばらく楽器に触っていないので、そろそろリハビリを始めなければ(^_^;;)。
コピーして配布されたパート譜より、オケスタ(1〜9番のパート譜の合本)の方が見やすいので、
これを片手に練習に励もうかと思っています。
このマーラーの交響曲のオケスタ(ドイツのツィンマーマン社)、トランペットの方の編集は
アイヒラーと書かれているのですが、元BPO奏者のアイヒラーなんでしょうね。やっぱり。
土曜の演奏会のあとの打ち上げで、うちのオケのトランペットのFさんに、今度のマーラーについて、
ちょっと話題にしてみたら、ものすごい気合いというか意気込みでしたね。
マーラー5番は、トランペット奏者には、やはり特別な曲なんでしょうか。
いろいろと噂のあったこの件ですが、本日の産経新聞で触れられてましたね。
正式に契約も済ませて、もう発表できる段階になったということなのでしょうか。
もっとも、実際に復帰するのは、来春以降になるのでしょうけど。
パユというと、初めて見たのは、94年の大阪でのマーラー9番。
このときは、ピッコロのデュンシェーデの方が、フルートのトップのような顔をしていて、
パユはあまり印象には残らなかったのですが、最後に聞いた99年ザルツの「トリスタン」では、
透明かつ潤いのある音色で、大活躍だったと思っています。
>Aさん、
細かなチェック、さすがですね。
ヴィオラも、ダヌータ女史の方は Bratscherin になっているのに、どうしたんでしょうね。
ちなみに、ダヌータ女史は1973年生まれ、清水さんは1968年生まれのようです。
(まあ、ブレッターに書いてあるんだから、ここに書いても構わないでしょう)
>カルロスさん、
いろいろな情報、ありがとうございます。
イェルカ・ウェーバーさんの産休も終了ということでしょうか。
昨年7月、マレク君が誕生したようです。
庄田さん、大活躍でしたよね。
1番フルートには、いろんなエキストラも来ていたので、大変だったんでしょうかね。
そのうち、感想などもお読みしたいものです。
さて、このあと授業を一つこなしたら、明日の演奏会の練習です。
確か、既に定年を迎えていらっしゃったところ、後任が決まるまで契約を延長されていた
と思いますが、今シーズンをもってやはり正式に退団されるようですね。
最後の演奏会はヴァルトビューネになるようです。
在ベルリンの方から聞いた話ですが(ご本人がここを見ていたりして。。。)、
Flの庄田さん、契約を終了されたそうです。
最近アップデートされたベルリンフィルのWEBSITEを眺めていたら、団員募集の欄から
ソロフルートが消えていました。でもメンバー表は空席のまま。う〜ん、どういうこと
なんでしょうねえ。パユ復活の噂がありますがどうなんでしょう。それとも別の人を
とったのでしょうか。
ヴィオラの清水さん、漸くドイツ語版のメンバー表にも登場されたと思ったら
何とBratscher!!!いくら日本語の名前で性がわかりにくいとはいえもうちょっと
神経を使ってほしいものです。早速苦情のEmailを打ちました。
ボクチンさんからも、BPOの放映に関するお願いが書かれていますが、
本当にちゃんと放映して欲しいものですね。
ヨーロッパコンサートにしても、DVDの方が先に出るとしたら、何のための放送局なのやら。
今年のヴァルトビューネは、ドミンゴの指揮で7月1日に開催されますが、
モーストリーの番組情報を見た限りでは、7月1〜14日の間は、何も書かれてませんね。
どなたか、放送予定などご存知でしたら、教えてください(_ _)。
やっぱり、今のあの会長には、早く辞めて欲しいもんですな。
カラヤンの写真の裏には、1974年に発行されたブルックナーの記念切手
(リンツのブルックナーハウスも描かれている)が貼ってあり、
イースター音楽祭の記念スタンプが押されています。
(マイスタージンガーはこの年に上演されたオペラ)
イースター音楽祭の期間中、祝祭劇場のすぐ近くに臨時の特設郵便局が設置され、
そこで投函した郵便には、その年のオペラ演目の書かれた記念スタンプが押されるというのは、
アバド時代にも続いていたのですが、今年の春に行ったら、もうこの特設郵便局は
設置されていませんでした。もちろん、「ファスルタッフ」の記念スタンプもなし。
1999年の「トリスタン」までは、ちゃんとあったのですがね。
2000年の「シモン」の年はどうだったんでしょう?
そういえば、今年は総合プログラムも、だいぶ手抜きになったし(BPOのメンバー表もなし)、
晩ごとの個別プログラムもなくなるなど、簡素化が進んでいたようです。
先日の東京行き、行きも帰りも予定の便には乗れず、散々でした。
(あの低調な「グレの歌」も、後半しか聞けず、うーむ)
という訳で、すっかり意気消沈していたのですが、そろそろ立ち直らねば。
さて、すっかりお礼が遅くなってしまいましたが、
最近のBPOの変遷に関して貴重な書き込みをいただいた皆さん、
カルシュタさん、Yamazakiさん、アブゲリノスさん、先天性頓馬さん、
IBEさん、Aさん、maestroraineさん、独逸伝統オーボエ継承委員会会長さん、
ギコさん、ロータリーTrp1号さん、Marleneさん、
本当にどうもありがとうございました。
時代の変遷といった視点なども、大変参考になりました。
私には総括する能力もありませんので、お礼のみでご勘弁ください。
この話題は、これにて打ち止めというわけでもありませんので、
賛否両方からのご意見、これからもお待ちしています。
ところで、カラヤンの自筆サイン入り写真を最近入手しましたので、
下記のところにアップしておきました。
先程、写真屋に行って複製を依頼してきましたので、いつもお世話になっている方々には
そのうち差し上げれると思います(^_^)。
この2曲はオットー・ゲルデス氏により65年8月にサンモリッツ
で録音されました。
カラヤンのモーツァルトの中では録音も含めてまさに出色の出来だと
思います。これと比べるとベームの全集中の演奏も分が悪いですね。
後年のものと違いカラヤンの指揮には力みや作為が全くなく、
これら名作の美しさを表現しきっています。
オケがまた信じがたいほどに素晴らしくのです。
初めて投稿させていただきます。
カルシュタさんのご意見を拝見して、S氏の評価は私にはいたしかねますが、
アバドが音楽監督であったことについての評価で一言いいたくなりました。
伝聞で申し訳ないのですが(事実誤認だ、とか思いこみだとかいうことで
あればどうぞご指摘ください。)、以前こういう話を聞きました。
アバドは全体の音のバランスを重視する音作りで、特に軽めの音を好む
とのことで、リハ等でもコントラバス等に対し、「音が大きすぎる」と
いうような指示が多かったようですね。それが特に中低音部を担当する楽
器の奏者に不興を買っていた原因だと伺っています。(カラヤン時代は
どちらかというと低音部はのびのびと演奏させてもらった反動?)
もちろん楽曲の解釈によるものですから、アバドの指示が間違っている
わけではないのでしょうが、一部に軋轢を生んでいたとも言えるのでしょう。
(オケ団員からも聞きました。また、異論はあるかもしれませんが、個
人的には全体に音が軽くなった一方でふやけた音になり、バランスとし
てはかえってよくない状態になったと思うことが多々ありましたが。)
一方でカラヤン。個々の団員に注意を与えるというよりも、
「ここの部分での主旋律はだれか。あのフルートだ。みな演奏していて、
あのフルートの音が聞こえるか?聞こえない、という人は、それだけで
もう間違いだ。」といい、オケの面々がフルートの音に耳をすませるこ
とによって自然と音量を下げて、フルートを際立たせてバランスをとった
とか。
こういう話をきくと、一面的かもしれませんが、客演でなくオケの常任の
監督としてはカラヤンに一日の長があるなあ、と思わざるをえないところ
です。オケの自発性の喚起、アンサンブルの充実という意味でもですね。
誤解ないようにいっておきますが、私はカラヤンの音作りを必ずしも評価
するわけではないですし(そもそも生を聞いていませんし)、アバドのもの
が必ずしもすべてよくないというつもりはありません。ただ、こういう話を聞
くと、アバドがこういう名うてのオケのシェフになり、またオケ側もそういう
人を選んだのは双方にとって不幸だったと思います。
乱文失礼しました。
カラヤンは生体験がないこともあり、で、CD等から聞いた判断でしかないのですが、気に入らない
でしか
ギコさんの意見に全面的に同意します。
私のS氏嫌いには個人的趣味だけでなく気に入らないCDに
随分出費してしまった恨みが入っていますので、つい過激な
言い方になってしまいました。
確かに、彼の薄い音の原因はロレーだけではありません。
ある人は、あまりに色んな活動に手を広げすぎてリードを作る
暇がないのでは?と言っていましたが。確かにオーボエの音色は
リードに左右される部分が大きいので、一理ある意見だと思います。
今の時代、全てが軽薄短小。だからこそ、伝統ある良いものを
宣伝し、若い人に知ってもらうのは重要なことだと思います。
私も実際にネット上でオーボエを始めたばかりの中学生の女の子に
コッホのCDを推薦し、随分気に入ってもらったことがあります。
草の根的な宣伝活動を通して、消えつつある良きものを今後に受け継ぐため、
少しでも貢献できればと思っています。
BPO以外の録音が少ないのは確かに問題ですね。
シュターツカペレ・ドレスデンやゲヴァントハウスはまだ恵まれた方で
しょうけど、ギコさんが挙げておられたそれ以外のオケは本当に
録音が少なすぎて勿体無いです。
BPOのこれからに期待できないとすれば、VPOはどうなんでしょうか?CSOは?コンセルヘボウは?どこもにたようなものじゃないですか?NDRだって、先日のヴァントとのブルックナー、放送を聴く限りでは、オケの機能、音楽性とも、BSで放送された、アバドとBPOのブル9にやはり劣っている(あくまでTV視聴上の個人的な感想。)としか思えませんでした。ですから、やはり、オケの総体として、BPOの位置づけは変わっていないし、また、世界最高と言われるBPOやVPO、CSOなども、あら探しすれば、「なんだ、その程度か」だと思います。ですが、真似できるかと言ったら、やっぱりできない、スーパー軍団なんだと思います。
言いたいことは、BPOの部屋はBPOのファンが楽しく集うところ。時に愛するが故の批判があっていいとは思いますが、BPOファンでもいろいろな立場の人もあるわけです。例えば、カラヤンが最高、フルヴェンは神様なんて表現良いと思いますが、シェレンベルガーは最低だったなんて、表現としてはどうなんでしょうか?やはり、おたがいが楽しく語り合えなければ、どこぞの掲示板と同じになっちゃいそうです。どうでしょうか?
ちなみに、シェレンベルガー、好きですよ。彼のオケの中で演奏する姿自体に、音楽そのものを時にコッホ以上に感じさせるものがあります。あの年代のベストのオーボイストだと思ってますが。もちろんコッホは最高のカリスマだと思いますが。A.マイヤーはどうですか?生で聴きましたが、度肝を抜かれる、なんてことは思わないですよ。まあ、滅多にないわな、そんなこと。しかし、素晴らしい奏者であることに変わりはない。ある人は、Flのパユをやたら評価するんですが、私はツェラーやブラウの録音に惹かれますよ。必ずしもパユのみが絶妙だなんて思わない。でもそう思う人もいるし。
私は、K.グロートのトランペットがないBPOに魅力を感じないのですが、できる限り客観的に判断すれば、クレッツァーの方がいい演奏していることも多々あるし、それ以前のアイヒラー、ヴェーゼニックや今のヴェレツェイだってやはり素晴らしい(あらもありますが)のです。
グロートのまずい演奏もありましょうが、ファンになれば、あばたもえくぼ、そんなものだと思ってます。もちろんグロートのべストの演奏は、客観手に判断しても、Tp奏者として世界最高レベルのものだと思ってます。Tpで言えば、CSOのA.ハーゼスが怪物として有名ですが、音楽表現において、彼に辟易とすることが多々あるし、私がどんなに吹けるとしても、決して彼を理想とはしません。グロートにはあこがれます。でも、あくまで私の好みです。
ホルンのG.ザイフェルトが言っています。
「誰しも自分の時代がベストだと思いたいが、そうではない。いつの時代も最高なのだ。BPOは今までそうだったし、これからもそうであろう。いや、BPOのようなオケはそうあり続けなければならい。」
そうだと、私は信じています。
アバド時代のベルリンフィルについて、色々言われていますね。どうなんでしょうか?
カラヤンについても、フルトヴェングラーとの比較で、色々言われてますよね。特に評論家なら、宇野某なんて人は、フルヴェン良し、カラヤンだめ、最近ではヴァントとのBPOのブルックナーを高く評価していますよね。ですから、好みの問題を別にして、実力がそう劣ってきているということはないんじゃないか、そう思ってますが。
シェレンベルガー、ロレーを使っているとか。マリゴーだと思って、以前投稿したら、そのように指摘されましたが、やはりマリゴーの時代もあったわけですよね。まあ、音楽が良ければ楽器はどうでも良いのですが、BPOには合わないロレーのような楽器を使うシェレンベルガーはだめ、とは、BPOにおけるシェレンベルガー、あるいはアバドにしても、一面が論じられているだけで、その他の本質が本当に論じられた上で評価が為されているのかが、全く疑問なわけです。
カラヤンを例にとりましましょう。まず断っておきますが、カラヤン好きを自認する私ですが、カラヤン&BPOは実演は1度しか聴いたことがないわけです。したがって、今から述べることは主にCD等からの印象であることをご了承下さい。
カラヤンがBPOを変にインターナショナル化し、フルヴェン時代の質実剛健ないぶし銀の良さを消してしまった。ドイツのオケの良さをなくしてしまった、なんて言う人がある。ドイツのオケに何を聴くのか、これは人によって違うでしょうが、カラヤンがドイツのオケを念頭によりヴィルトゥオーゾなオケ、近代的なオケ、理想的なオケを作ろうとしていたことは、いろいろなことから判断できます。
カラヤンのドビュッシーはフランスのオケとはやはり違います。フランスものをやるとき、既存のフランスの響きを想定したのではなく、ドイツのオケの響きの延長線上に、理想を見いだしていたように思うわけです。
元主席ホルンだった、怪物G.ザイフェルト。モーツァルトのコンチェルトなどでは、彼よりもフィルハーモニアにいた故D.ブレインが世間では評価されていますが、少なくとも、カラヤンはオケ奏者としてはドイツの響きをつれないブレインではなく、ザイフェルトにオケのホルンの理想を見いだしていたのです。本人が語っているようです。
まあ、カラヤン本人の思いと、結果としてできあがった音楽が、聴く人によっては、ずれていると感じることもあるでしょう。しかし、少なくともここらを考えないと、正当な評価(どうであれ主観的になるわけで、客観的な正当な評価は極めて困難とも言えますが)はできないのではないでしょうか?
また、評論家はもちろん、ここに集う皆様も、私などよりずっと多くの、そして深い音楽体験をお持ちだとは思いますが、例えばドイツ音楽の伝統とこれから、などと言うことについて、本当に論じるだけの能力がある方は、どれだけいらっしゃるのでしょうか?
私個人の意見としては、カラヤン時代(長いので人それぞれに、微妙なズレがあるでしょうが)が最高だったと考えてますし、アバドはBPOに対し私が思っていた良さを崩すような方向性を与えたとさえ思っています。しかし、これがアバドに対する正当な評価だとは思っておりません。ラトル時代になって、アバド時代が良かったと語られる日が来るかも知れません。それに、ビューローが、ニキシュが、あるいはチェリがBPOに何をもたらしたか、その正確な評価が今となっては難しいように、アバドはもちろんフルヴェン、カラヤンさえ、わかりませんよ。殊に、フルヴェンは、ほとんどの方が音質の悪い録音でしか接することができない中での評価ですから、もはや伝説を通り越して、迷信的、言葉が悪ければ宗教的な神秘性が、あえて言えばでっち上げれた気さえしています。つまりは、伝説になったということです。長嶋茂雄と同じです。
カラヤンに対する批判、アバドに対するそれは、彼らを生で体験した人間が多いがゆえの出来事だと言えると思います。
(つづく)
徐々にBPOの旧き良き伝統が失われたのは、S氏やアバドのせいだけではないと思います。
薄っぺらい音の優等生管楽器奏者もよくないが、オーディションと試用期間後の投票で
決まったわけだらその人たちを選んだBPO団員も悪い
そういう意味では、世代交代で感性の替わったメンバーが自分たちの感性にフィットした
メンバーを選出していく過程で、徐々に伝統が薄れてしまった...
ついでにいうと、アバドもよくないが、アバドを選んでしまったBPO団員も結果として悪い
ってことになるのでは
軽薄短小の時代が悪い!
今やBPOも、昔のような後光のさしたカリスマオケではなく、
単なる「チョ〜うまいオケのなかでの一等賞」というように見なし、
もっとメディアには取り上げられない、伝統を継承していたり、機能的に優れていたり
でこぼこはあるけどはらはらどきどきさせてくれるようなオケにもっと目を向けるべきでしょう
CD売れるからBPOばかり売るのはそろそろやめてほしいものです。
NDR、ハンブルク州立歌劇場、ベルリン・ドイツ、ゲヴァントハウス、ドレスデン等、近代化の波にさらされて
いるものの、まだまだドイツの伝統のかけらが残っているところもたくさんあるのに、
どうも録音が少ないのが寂しくてなりません。
>本当は、現在北ドイツ放送響の主席であるファン・デア・メルヴェ氏か、
>ミュンヘンフィルの主席、ウルリヒ・ベッカー氏、さもなければ
>我が宮本氏、フランクフルト放送響のヴァルコール氏辺りにコッホの
>後任を継いでもらいたかったところです。
あの〜、フランクフルト放送響のヴァルコール氏は現在ロレーをお使いです。
楽器も確かに大事な要素ですが全てではありません。
シェレンベルガ−の薄い音はロレーに替えてからではなくマリゴーを
使用していた頃からです。確かにNDRの首席はうまいですね。
まあクラリネットだって現在の両首席ともライスター教授とは全く比較に
ならないわけですし、管楽器に関してはファゴットとイングリッシュホルンを除いて
やはり全体的に低迷しているわけですから取り立ててオーボエに限った話では
無いと思いますが・・・
>アバド、シェレンベルガーがBPOを去ってくれて本当に助かります。
>ドイツの伝統的・重厚なサウンドをかくも無惨に替えてしまったアバド、
>そしてカール・シュタインスやローター・コッホの伝統的な分厚い、圧倒的な
>表現力を誇っていたオーボエを蚊の泣くようなロレーの音にすり替えてしまったS氏
>空白をどう埋め合わせてもらえるものなのでしょうか。悲しい限りです
激しく同意します!!!
シュタインス氏は音程感にややクセがあるものの、オケ奏者としての表現力、
音色の魅力はやはり一流だったと思います。
シェレンベルガーは入団当初はやや物足りないものの比較的まともな音
をしていましたが、ここ数年の音の薄っぺらさは悲惨の一言でした。
セカンドより音が小さく耳をダンボにしないと聞こえないトップなんて、
許される訳がありません。
オーボエの場合はどの楽器もシステム自体は同じとはいえ、
亜米利加系以外は基本的に使わないロレーをBPOで吹くなんて、本当は
クラリネットの主席が勝手にベーム管に変える程に許しがたいことなのです。
本当は、現在北ドイツ放送響の主席であるファン・デア・メルヴェ氏か、
ミュンヘンフィルの主席、ウルリヒ・ベッカー氏、さもなければ
我が宮本氏、フランクフルト放送響のヴァルコール氏辺りにコッホの
後任を継いでもらいたかったところです。
そうすればこんなに屑録音が大量生産されることもなっかたのに残念です。
ミュンヘンで人気のフランス人の坊や、今のBPOならもしかするとありえますね。
個人的には、ベルリンドイツオペラの我が渡辺克也氏に頑張って
もらいたいですね。
今後、オーディションの方法を音色第一主義に変えない限り、
ドイツのオケの国際化は防げないでしょう。
しかし根本的な問題は、そもそも伝統的奏法を身につけた優秀な若手
が減っていることなのです。
Das Orchesterを見たら分りますが、 ドイツの一流オケの殆どで
Solo-Oboeが空席で募集中です。
個人的にはBPOの将来には全く期待していません。
もういい加減、ベルリン・フィル信仰はやめませんか。
変わらないのは名前だけ、中身は30年前とは全くの別物なのですから。
皆さん、お久しぶりです。
私も基本的にはカルシュタさんに賛成です。
私は職人気質といったものが大好きで、またこれが芸術といったものには必要だと考えております。カラヤン時代までのBPOの団員には、この職人気質といったものが強く感じられました(そう考えるのは私だけでしょうか?)。だからこそ、時にとんでもない名演(それこそ芸術品といったような)を聞かせてくれたのだと思います。言ってみれば「人間国宝」でしょうか?
しかし今のBPOの若い奏者には、それが感じられません。皆うまいのだけど、「秀才君」といった感じが多かれ少なかれするのです。音が薄っぺらく感じられるようになったのも、そんなBPOの団員の気質の変化があるのかな、と私は考えています。
そしてその原因は、アバドだけにあるのではなく(勿論アバドにも大きな原因はあるのでしょうが)、その時代の好みといったもの(価値観の変化)があるのではないかと私は思うのです。
>市の助成金面での特別待遇を問題にされて大幅に仕事を増やされたことから、
>団員の室内楽やソロ活動が結果的に制限されるようになったと聞いていますが、
>このことが有能な奏者の退団に結びついていると思われる点の方が問題ではないでしょうか。
日本でどのような報道がされているのか知りませんが(=かなり怪しい)
ベルリンフィルの首席クラスの退団が多いのは上記の理由ではなく
ドイツ統一後、ベルリンにおける税制面での優遇措置がなくなり
ネットベースでの所得が他楽団比No1ではなくなり、またカラヤンの時代よりも
臨時収入が減ったこともあり、総所得ベースでは音大の教授に比べて
全く魅力がなくなってしまったことに起因するものだそうです。
一方ベルリンフィル側もハンスアイスラー音楽大学と手を組んで
最高位であるC4ランクの教授のポスト0.5人*8席を新たに設けて
団員のつなぎとめのため工夫を凝らしているようです。
また最近全体の給与も上がったらしいですし。
シュタインス教授にせよシェレンベルガー氏にせよ
いい時は(頻度の問題はあるにせよ)やはりそれなりのものが
あったと思いますけど・・・コッホ教授だって別に現役ばりばりの
時ですら常によかったわけではありませんし。
まあ過去のことをとやかく言っていても余り生産的とは
いえないでしょう。それよりも今度どんな人が入ってくるか
とても興味津々です。いくらうまくでもフランス人の坊やが
南の方から移動してくるのだけは勘弁して欲しいところですが・・・
私もほとんど同意見です。コッホの最盛期を生で聴いているせいか、後任には物足らなさをずっと
感じています。でも、シュタインも物足らないですよ。バッハブランデンブルク協奏曲1番2番(60年代録音)なんか唖然とするほどひどいと感じています。
アバド?そのアバドを選んだのは他ならぬBPOメンバーという事実も見る必要があるでしょう。
女性メンバーのまったくいない時代の骨太の演奏のほうが、私は大好きです。
宇野巧芳氏が書いているように、カラヤンの後は、不器用であってもヴァントでほしかったと
私も感じています。ベルリンフィルが衰退(と私は思う)するのも仕方ないですね。
初めて投稿します。
このサイトが一部の煽り系サイトのようにアバド叩きに染まってしまうとしたら悲しいですね。
私は、BPOがアバドのせいでダメになったという意見には同調できません。
アバドによってカラヤン時代のBPOの魅力の一部が失われたのは事実でしょうが、
一人一人が音楽にのめり込もうとする姿勢など、BPOならではの特徴は受け継がれており、
逆に、指揮者の解釈に対する柔軟性や、見通しの良い響き、生き生きとした躍動感など、
新たに加わった魅力も、私は感じています。
カラヤン時代のBPOとはメンバーが半数以上も交代していますから、
ある程度スタイルに変化が生ずるのは当然のことです。
むしろ、世代交代の波が一気に押し寄せたにもかかわらず、現在のレベルを維持している点で、
音楽監督の功績を称える声があってもおかしくないような気がしますが、いかがでしょう。
(アバドがカラヤン時代の名手のクビを切ったとか、
新入団員はアバドが選んだからダメなのだというような
とんでもない誤解が一部にあるようですが・・・)
個人的には、どうしてもカラヤン・サウンドにアレルギーがあるので、
ほとんど誰が振ってもカラヤン流儀になってしまった時代のBPOよりも
今の方が好きなのですが、これは好みの問題。
(カラヤンの功績を否定するつもりは毛頭ありません)
それよりも、
市の助成金面での特別待遇を問題にされて大幅に仕事を増やされたことから、
団員の室内楽やソロ活動が結果的に制限されるようになったと聞いていますが、
このことが有能な奏者の退団に結びついていると思われる点の方が問題ではないでしょうか。
余談ですが、
バレンボイムがベルリン国立歌劇場の待遇をBPO並みに引き上げることを
市に対して強く要求しているとのことですが、
間接的にこの問題に結びついているような気がします。
(バレンボイムはどう思っているのでしょうね?)
最上さん、こんばんは。
>アバドの評価については、難しいものがありますが、
>ツェペリッツやフォーグラーといった貴重な素材を生かせなかったという点では、
>やはり残念ですね。まったく。
おっしゃるとおりですね。
余談ですが、某ベルリン・フィルの団員がアバドのことを「彼はどの曲をやってもはすべてロッシーニだ」と
言った事が思い出されます(笑)
今年のトルコのイスタンブールでのヨーロッパコンサートとドミンゴ指揮のヴァルトヴューネ
でのコンサートのTV放映を1日も早くお願いします。BPOの団員の方々の元気な姿と素敵な
演奏を楽しみにしています。
久しぶりの投稿です。
最近のBPOですが、私の個人的な好みとしては晩年のカラヤンサウンドです(好き嫌いはあると思いますが)。pは極限まで美しく、fはドイツの伝統そのもの。アバドになってからサウンドがすべて軽くなりました。初期のブラームス全集などはまだカラヤン時代の重厚さが残っていたのですが、最近のブラームス、ベートーヴェンは作曲家独自のしつこさが見られないような演奏になってhしまいました。
下のカルシュタ氏のご発言、他にも同調される方がおられましたら、
ご自由にお書きくださればと思っています。
S氏については、スランプなのかなぁと以前から思ったりしてはいたのですが、結局、
スランプのまま退団という感じなのでしょうかね。
アバドの評価については、難しいものがありますが、
ツェペリッツやフォーグラーといった貴重な素材を生かせなかったという点では、
やはり残念ですね。まったく。
まだツェペリッツやフォーグラーが活躍していた頃の「グレの歌」の写真を
アップしましたので、どうぞご参照ください。本当に大編成ですね。
メトの「グレの歌」、いよいよ明日ですが、今から楽しみです。
おかげさまで、眺めのいい4階席も確保できました(^_^)。
(アメリカのオケって、ひな壇とか使わないんですよね。)
アバド、シェレンベルガーがBPOを去ってくれて本当に助かります。
ドイツの伝統的・重厚なサウンドをかくも無惨に替えてしまったアバド、
そしてカール・シュタインスやローター・コッホの伝統的な分厚い、圧倒的な
表現力を誇っていたオーボエを蚊の泣くようなロレーの音にすり替えてしまったS氏
空白をどう埋め合わせてもらえるものなのでしょうか。悲しい限りです
BMW(べんべ)さん
最新情報、ありがとうございます。
来週の「グレの歌」を聞かれてから、出発されるんですよね。
来週の週末、私も上京することにしたので、
「グレの歌」を当日券で聞こうかと考えているところです。
会場でお会いできると、うれしいのですが。
ベルリンでは、リンデンでワーグナーも聞かれるとか。
また、ご報告を楽しみにしております。
ちなみに、来春のリンデンでのワーグナー・ツィクルス、
前半は、3月24日〜4月6日なので、3月23日にザルツブルクの
「パルジファル」を聞いてから、ベルリンに移動して、
全演目を見る人もいるんでしょうかね。
ちなみに、私はザルツブルク最終日の4月1日に、
「パルジファル」を見る予定なので、その後すぐ
ベルリンに移動しても、「神々の黄昏」「トリスタン」
「マイスタージンガー」「パルジファル」だけですが。
しかし、ベルリンのチケット、ちゃんと手に入るのでしょうかね。
ちょっとというか、かなり心配ではあるのですが。
まあ、当日、ズーヘという手も考えられますけど(^_^)。
(岡本さん、リンデンのパンフレット、ありがとうございました _ _)