T. はじめに
カルロ・ゴッツィ (Carlo Gozzi: 1720〜1806) は,1761年から1765年までの5年間に,ヴェネツィアで10の寓話劇を発表した。ゴッツィの寓話劇を素材としたオペラがいくつか作曲されていることは,よく知られている。ワーグナーの処女作《妖精》,プッチーニの《トゥーランドット》,プロコフィエフの《三つのオレンジの恋》は,いずれもゴッツィの寓話劇を原作とした代表的なオペラである。この三作ほど有名ではないが,ドイツの作曲家ヘンツェ(Hans Werner Henze: 1926〜)により《鹿の王》もオペラ化され,1956年にベルリンで初演されている。メルヒェンの研究書では,メルヒェン・オペラの一つとしてヘンツェの《鹿の王》の名前がよく挙げられているが,上演される機会は極めて少ない。1990年代には,1998年10月,ベルリンのコーミッシェ・オーパーでハリー・クプファーの新演出による上演がなされただけのようである。この演出による上演が2001年3月に再演されることになり,劇場のウェブサイトでチケット予約も済ませ,ベルリンまで足を運んだのだが,歌手の急病という理由で,上演が取り止めになってしまった。せっかくの珍しいオペラを見る貴重な機会が失われたのは,大変に残念であった。なお,ヘンツェは2000年,第12回高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したことでも話題になった作曲家で,三島由紀夫の小説「午後の曳航 」をオペラ化したことでも知られている(これは,1990年5月,ベルリン・ドイツ・オペラで初演された)。日本とも馴染みのある作曲家といえる。
さて,ヘンツェの《鹿の王》をベルリンで見ることはできなかったが,その直後の2001年5月,ドイツ人演出家ペーター・ゲスナーが北九州で主宰するうずめ劇場という劇団が,静岡の野外劇場でゴッツィの『鹿の王』を取り上げることを上演の数日前にネットで知ったのは,せめてもの救いであった。なかなか見る機会のないゴッツィのコメディア・デラルテと呼ばれる仮面劇に,実際に接することができたのは幸いだった(なお,この劇団による公演では,ゴッツィの作品名は『牡鹿王』と訳されていた)。
この研究ノートでは,ゴッツィの『鹿の王』について,ゴッツィが劇作した際に典拠とした作品との関係について考察する。ゴッツィの寓話劇は,すべてがゴッツィの創作ではなく,話の内容には他の物語が利用されているからである。『トゥーランドット』は『千一日物語』の中の「カラフ王子とシナの王女の物語」を原作としていた。『鹿の王』は同じ『千一日物語』の中の「モスルの王ビン・オルトクの息子ファドララー王子の物語」の他,『セレンディッポの三王子の旅』の中の話に基づいて書かれている(1)。ゴッツィが『鹿の王』を劇作するにあたり,これらの原作をどのように利用したのかについてみていくことにする。
U. ゴッツィの『鹿の王』
ゴッツィは,1761年に最初の寓話劇『三つのオレンジの恋』と『カラス』を発表したあと,翌1762年に三作目の寓話劇『鹿の王』を上演した。まずこの劇の内容を,各幕ごとに簡単にまとめることにする(2)。
第1幕
セレンディッポの王デラーモは花嫁選びをする。部屋には立像が置いてあり,もし候補となった女性が嘘を言うと,立像が笑って,王に知らせる。第一大臣タルタリアは,自分の娘クラリーチェを王妃にさせたがっている。しかし,彼女は第二大臣パンタローネの息子レアンドロを愛している。父の言いつけに従ってデラーモの部屋に入っただけのクラリーチェの嘘は見破られる。第二大臣の娘アンジェラは,名誉欲もなく,嘘もつかず,飾らない本心を語り,初めて立像が笑わなかったので,デラーモは彼女を王妃にする。しかし,タルタリアは自分の娘が王妃に選ばれなかったことに加え,自分が好意を持っていたアンジェラを王妃として奪われてしまい,国王に復讐を誓う。第2幕
デラーモ王は,魔法使いドゥランダルテから二つの魔法の道具を授かったことを,タルタリアに伝えていた。一つは第1幕での笑う立像だが,もう一つの魔法の秘密をタルタリアは聞き出す。それは,動物でも人間でも,その死体に向かって唱えると,その死体に乗り移って生き返らせることができ,もとの自分の体は,命を失うという言葉である。デラーモは狩りにでかけ,タルタリアと二人だけになったとき,鹿を撃ち殺す。タルタリアはデラーモに,本当にこの鹿の死体に乗り移ることができるのかどうか見せてくれるように頼む。デラーモが鹿に乗り移ると,死体となったデラーモの体の上で,タルタリアは同じ言葉を唱え,自分がデラーモの体に乗り移る。鹿となったデラーモは,鹿のままでは命を狙われるので,タルタリアに撃ち殺された老人に乗り移る。デラーモの姿になったタルタリアは,アンジェラに言い寄るが,アンジェラはデラーモの持つ高貴さが失われたことに気づき,相手にしない。第3幕
老人の姿をしたデラーモは,アンジェラの部屋に忍び込む。彼女は最初は訝しがるが,やがて事の真相を知る。アンジェラは,タルタリアに死体に魂を乗り移す芸当を見せてくれるように頼むが,うまくいかない。タルタリアが強引にアンジェラをものにしようとし,彼女が助けを求めるので,デラーモが姿を現す。そこに魔法使いのドゥランダルテも登場し,魔法の力でデラーモをもとの王の姿に変え,タルタリアはみじめな姿に変えられ,死ぬ。タルタリアの娘クラリーチェは,レアンドロと結ばれる。
以上がゴッツィの『鹿の王』のあらすじだが,この劇の話の展開で重要な役割を果たすのは,二つの魔法で,一つは第1幕で登場する「笑う立像」,もう一つは第2幕以降の「死体に乗り移り生き返らせる術」である。この二つのモチーフは,実はゴッツィの発案ではなく,ゴッツィが典拠とした作品に既に登場している。そこで次に,『鹿の王』の原作とされる作品についてみていくことにする。
V. 『鹿の王』のもとになった作品
この劇に素材を提供したとされる作品が,はじめに触れたように,二つある。『千一日物語』の中の「モスルの王ビン・オルトクの息子ファドララー王子の物語」と『セレンディッポの三王子の旅』の二つである。ゴッツィの『鹿の王』の舞台がセレンディッポとされていることもあり,『セレンディッポの三王子の旅』からみていくことにする。
1.『セレンディッポの三王子の旅』
『セレンディッポの三王子の旅』は,1557年にヴェネツィアで出版された物語である。 ヴェネツィアは東洋との交易で香料や布地ばかりではなく,東洋の物語をもヨーロッパにもたらしたと言われている。ただ,この物語がクリストフォロ・アルメーノがペルシア語原典から翻訳したとされる点については疑念が出されている(3)。アルメーノが実在の人物だったのかどうか,ペルシア語の原典が存在したのかどうか,これらの点については,極めて疑わしいからである。
この物語は,近年,セレンディピティ(「ものをうまく見つけ出す能力」の意)という単語の語源となった作品として注目を浴びている(4)。そのためもあり,この物語の冒頭部は,よく知られている。『鹿の王』とは直接は関係がないが,以下のような内容の話で,この物語は始まる(5)。
セレンディッポ(スリランカの古名)の三人の王子は旅の途中,ベーラム皇帝の国に着き,ラクダに逃げられたラクダ引きと出会う。ラクダを見なかったかと尋ねられ,三人はラクダの通った足跡しか見なかったのに,ラクダを見たと冗談で返答する。 相手を信用させるために,三人の王子はそれぞれ次のように言う。
「片目のラクダでしょう?」
「そのラクダは歯が一本抜けているでしょう?」
「足が不自由でしょう?」
彼らの推理は,すべて当たっていた。ラクダ引きは,三人に感謝して,逃げたラクダを探しに行くが,20マイル歩いても見つからない。かつがれたと思ったラクダ引きは,翌日,また三人に会う。そんなことはないと返答する三人。
「そのラクダは,片方にバター,片方に蜂蜜を載せていたでしょう?」
「ラクダには女性が座っていたでしょう?」
「その女性は妊娠しているでしょう?」これを聞いたラクダ引きは,三人がラクダを盗んだのだと思い,皇帝に引き渡す。皇帝は,預言者でもないのに,そこまでわかるのはおかしいと思い,三人を死刑に処すことにして,投獄を命じる。しかし,そのあとすぐ,ラクダ引きの逃げたラクダが見つかり,三人の無実が証明される。
皇帝は,三人を釈放するが,どうして見てもいないラクダのことがわかったのか問いただす。
「路上の草の片側だけが食べられていたので。」
「どの草にも,ラクダの歯一本分のかみ残しがあったので。」
「足を一本引きずったような跡があったので。」 「路上の片側にバターの好きなアリが,別の側には蜂蜜の好きなハエが列をなしていたので。」
「ラクダがひざまずいた跡があり,そこに女性の足跡があった。子供の可能性もあるが,足跡の横の尿から肉欲的な匂いがしたので。」
「両手の跡があったので,排尿のあと,重い体を支えるために,両手で立ち上がったのでしょう。」
皇帝は,三人の推理のあまりの見事さに驚く。三人の王子は歓待され,しばらくこの皇帝のもとにとどまる。
ここまでが,よく紹介されている『セレンディッポの三王子の旅』の話の発端の概要であるが,物語はさらに続く。物語自体は,思いがけない発見をするという内容ではなく,どちらかというと,ベーラム皇帝のために,三人が推理力や洞察力の素晴らしさを発揮して,問題を次々と巧みに解決していくという内容となっている。
やがて,三人の王子は,皇帝からの依頼でインドに出かけるが,皇帝は,三人の不在中に,心の悩みから重い病にかかってしまう。 皇帝から依頼された品を,これまた鋭敏さを発揮して無事に持ち帰った三人の王子は,皇帝の病を癒すために,皇帝に進言する。
「この国の七つの地域の首府に宮殿を建て,一週間かけてそれぞれの宮殿を回り,それぞれの地域の代表者に,一つずつ物語を語らせるのがよろしいでしょう。」
こうして典型的な枠物語として,七つの物語が語られることになる。 ゴッツィが『鹿の王』のモチーフとして利用した物語は,その中の1番目と5番目の物語のようである。『鹿の王』の第1幕,花嫁選びの場面で,女性が嘘をつくと笑うという立像が登場するが,これが第5話に由来する。 第2幕と第3幕,死んだ動物や人間に自分の命を移し替え,姿を変えることができるという術,この能力を使って王が鹿に姿を変えている間に,別の人間が王の体に乗り移るという話,これが第1話で出てくる。
以下,この枠物語の二つの物語の簡単なあらすじである。
第5話
金細工の技術にも長けたある優れた哲学者が,ある日,銀の立像を作る。この立像の前で嘘を言うと,この立像は笑うのである。ある国の王侯が,この立像をもらい受ける。王は,四人の候補の中から,一人の女性を花嫁に選ぶことにする。最初の三人の女性に対しては,立像が笑うので,嘘をついていることがわかる。四番目の女性には,立像は笑わないが,控え目で謙虚なので,王は彼女を身分の低い家の娘だと思い,結婚する気にならない。ある日,一番目の女性の家へ行き,一晩をともに過ごす。王が寝入ったあと,この女性はこっそり部屋を脱け出し,厩番のもとへ行くが,王はその一部始終を目撃する。翌日,王は二番目の女性を呼び,一晩をともに過ごすが,この女性も,深夜,こっそり部屋を脱け出し,料理番のもとへ行く。その翌日,今度は三番目の女性を呼び,一晩をともに過ごすが,彼女も,深夜,部屋を脱け出して,農夫のもとへ行く。その翌日は,四番目の女性を呼ぶが,この女性は,深夜,王が寝入ったあと,ベットから抜け出ても,祈祷書を持って,隣の部屋に祈りに行くだけである。その後は,どこへも行かず,王のベットに戻ってくる。王は,すぐには本心だとは信じられず,その後の三日間も様子をみるが,いつも同じ行動をとるだけである。王は結局,この四番目の女性と結婚することにし,残りの三人の女性には,残酷な復讐を果たす。
「求婚者の嘘に対して笑う立像」というモチーフは,明らかにこの物語から取られていることがわかる。ただし,ゴッツィでは四人の候補の中から花嫁を選ぶのではない。クラリーチェは,2749番目に会う女性という設定になっている。その後の話も,ゴッツィとはほとんど共通点がない。なお「笑う立像」は,ゴッツィの劇の舞台では,実際には人間が演じるわけだが,かなりコミカルな舞台効果をもたらすといえる。
次に見るのは,魂の移のし替えのモチーフが登場する第1話である。
第1話
ある国の皇帝が,ある哲学者から,秘術を教わる。死んだ動物の体の上である言葉を唱えると,自分の命をその動物に移し替えて,その動物を生き返らせることができる術である。皇帝は,ある日,狩りに出かけるが,狩りの一行から外れて,信頼する大臣と二人だけになる。二人は二頭の雌鹿を殺し,皇帝は大臣に,二人で一緒に雌鹿に乗り移ろうと誘われる。皇帝はその気になり,雌鹿の死体に乗り移るが,大臣は死体となった皇帝の体に乗り移り,皇帝を裏切る。大臣は皇帝になりすますが,四人いる皇后のうちの一人にだけは,愛撫の仕方が異なることから怪しまれ,彼女だけはベットをともにしない。
皇帝は雌鹿からオウムに乗り移り,賢いオウムとして評判になる。偽の皇帝に不信感を抱いている皇后の耳にも評判が届き,皇后はそのオウムを自室で飼うことにする。皇后は,そのオウムが皇帝であることを見抜き,オウムに真実を語らせる。オウムは,皇后に次のような方策を指示する。
「今度いつか,偽の皇帝がお前のそばに来ることがあれば,次のように言いなさい。『私は世界で一番不幸な女性です。死んだ動物に乗り移って,以前のように面白がらせてくれたあなたを,もう見ることができないのかと思うと心配で。』」偽の皇帝は,この皇后になびいて欲しかったので,めん鳥を持って来させ,めん鳥を殺して乗り移る。皇后は,オウムを鳥かごから急いで出して,死体となった皇帝の上に飛ばす。オウムは皇帝の体に乗り移ることに成功し,めん鳥は切断されて,室内の火の中に投げ入れられる。自分の体を取り戻した本物の皇帝は,彼女だけを皇后とし,偽の皇帝を見抜けなかった残りの三人を皇后の座から降ろす。その後は二人は幸福に暮らす。
大臣が皇帝を裏切ることは,ゴッツィでも大臣が王を裏切るという形で踏襲される。この物語では,皇帝が自分の体を取り戻すために,いろいろと策を講じ,成功するが,ゴッツィでは結局,魔法使いが登場して,一気に解決という展開になる。話としてはあまり面白くはないが,突然のどんでん返しは,舞台上の効果は十分にある。ゴッツィの魔法使いデュランダルテは,フェルトマンの言うように,デウスエクスマキーナ(Deus ex machina: 古代ギリシア劇で舞台に突然現れて急場を救う神)のような役割を担うことになるからである(6)。
2.『千一日物語』の「ファドララー王子の物語」
『千一日物語』は,1710年から1712年にかけてペティ・ド・ラ・クロワによりフランスで出版された物語集であるが,ゴッツィが寓話劇を書くにあたり,一番多く利用されている。この物語もペルシア語原典からの翻訳とされているが,この原典が存在したのかどうかは,疑問視されている。この中の「ファドララー王子の物語」(正確には,「モスルの王ビン・オルトクの息子ファドララー王子の物語」)は,『トゥーランドット』の原作となった「カラフ王子とシナの王女の物語」の途中に挿入された物語である。祖国の町アストラカンを追われたカラフ王子は,両親と一緒に三人でカフカス山地などで,苦難の旅をしいられる。疲労もピークに差しかかった頃,ヤイクという名の町にたどり着く。町の入口で見かけた老人に話しかけると,老人は三人を哀れに思い,自分の家に案内する。三人が食事のもてなしを受けたあと,老人は自分の若い頃のつらい話を語って,絶望の底にある三人を元気づけようとする。その話が「ファドララー王子の物語」である。内容は次のようなものである(7)。
モスルのファドララー王子は,20歳になり,父王に結婚するように命じられたが,気に入った女性が見つからなかったので,バグダットに出かけた。途中で盗賊に襲われ,危うく殺されかけながらも,何とかバグダットに到着。ここでゼムルーデという女性と出会い,紆余曲折の末,結婚することになる。
ファドララー王子は,ゼムルーデを連れて故郷のモスルに帰る。そこで幸福に暮らしたが,やがて,若い修道僧が宮廷にやってくる。この僧は謙虚な態度によって,王子の信頼を勝ち得ていく。ある日,王子はこの修道僧と森へ狩りに行く。ここで王子は,死体を蘇らせる秘術の話を聞く。僧は実際に鹿の死体に乗り移って,鹿を生き返らせ,その後,死体となった自分の体にまた戻る。これを見た王子は興味をそそられ,自分も魔法の言葉を教わり,鹿の死体に乗り移る。すると今度は,死体となった王子の体に,修道僧が乗り移り,ファドララー王子になりすまして,宮廷へ帰る。ゼムルーデはそのことにまったく気づかず,ずっとファドララーだと思いながら,生活を続ける。本物の王子は鹿のままでは命を狙われるため,死んだナイチンゲールに魂を移す。ナイチンゲールとなったファドララーは,ゼムルーデの部屋の近くで愛情を込めて鳴き続け,すぐに彼女の寵愛を得ることに成功する。このナイチンゲールは,ゼムルーデのお気に入りとなる。ファドララーがある日,死んだ雌犬に魂を移すと,ナイチンゲールは死体となり,ゼムルーデは深く嘆き悲しむ。そこで修道僧はナイチンゲールに魂を移し替え,ナイチンゲールは生気を取り戻す。その隙に,ファドララーは自分の体に乗り移り,やっともとの体を取り戻す。そして,すぐにナイチンゲールを絞め殺すが,ゼムルーデは,せっかく生き返ったナイチンゲールをすぐに殺したことに驚く。本来の姿に戻ったファドララーは,ゼルムーデに事の真相を話す。彼女はその話に愕然とし,病に伏してしまう。そして,そのまま亡くなってしまう。ファドララーは真相を話したことを後悔し,王位をいとこに譲り,メッカを巡礼したあと,この町に来て,ゼムルーデの思い出に浸りながら,もう40年近く,こうしてひっそり暮らしているのだという。
カラフ王子とその両親の三人は,王位を捨てて,隠遁生活を送っているファドララーを称賛する。三人は,翌朝,また旅に出発し,中断したカラフ王子の物語が,またここから始まることになる。
さて,「ファドララー王子の物語」は,ハッピーエンドにはならず,このような悲しい結末を迎える。これまでみてきた話では,女性は夫の異変に気づいたが(『セレンディッポの三王子の旅』では,四人のうちの一人だけだったが),この物語では,それにまったく気づくことがなかった。そのため,もうこのまま生活を続けられないと判断したのかもしれない。これまで扱った話の内容を整理すると,次の表のようになる。
魂が入れ替わった夫への反応 | セレンディッポ | 四人のうちの一人は怪しむ | (この一人だけを王妃とする) 王 → 鹿 → オウム → 王
| 千一日物語 | まったく気づかない | (それを苦にし,死ぬ) 王 → 鹿 → ナイチンゲール → 雌犬 → 王
| ゴッツィ | 怪しむ | 王 → 鹿 → 老人 → 王 | (最後は,魔法使いの援助による) |
ゴッツィの劇は,コメディア・デラルテの仮面劇で,観客を笑わせることに主眼を置いたものである。「ファドララー王子の物語」のような結末は,とうてい受け入れられなかったであろう。ゴッツィは,過去の物語から二つの魔法の道具を借用し,あとは自由奔放に劇作を進めていったとみることができる。フォドララー王子の物語の精神とゴッツィの寓話劇の精神との間を「つなぐ橋はない」(8)とフェルトマンは述べているが,けだし当然であろう。むしろ,他の物語からの道具だてを,実に巧みに自分の劇に取り入れたことを,高く評価したいと思う。
(1) Gri, Gian Paolo: Gozzi. In: Enzyklopädie des Märchens. Bd.6 (1990), S.48.
による。(2) Gozzi, Carlo: Five Tales for the Theatre. Edited and translated by Albert Bermel and Ted Emery. Chicago (The University of Chicago Press) 1989. P.73-124.
(3) Bolte, Johannes / Polívka, Georg: Anmerkungen zu den Kinder- und Hausmärchen der Brüder Grimm. IV. Hildesheim (Olms) 19301/1992, S.177f.
(4)
澤泉重一: 偶然からモノを見つけだす能力 ─「セレンディピディ」の活かし方 (角川書店) 2002 のような本が出版されている。
(5) Die Reise der drei Söhne des Königs von Serendippo. Übers. von Theodor Benfey. Göttingen (Vereinigung Göttinger Bücherfreunde) 1932.
(6) Feldmann, Helmut: Die Fiabe Carlo Gozzis. Köln (Böhlau) 1971, S.61.
(7) Pétis de la Croix, François: Tausendundein Tag. Persische Märchen. Übers. von Marie-Henriette Müller. Zürich (Manesse) 1993. S.160-194.
(8) Feldmann, Helmut: a.a.O., S.61.