ベルリン・フィル団員情報


Vorschau 1998/99 にみる団員の異動

1.Violinen

第1コンサートマスター(1.Konzertmeister)のライナー・クスマウル(Prof.Rainer Kussmaul)が退団した模様である。 98年4月のイースター音楽祭のプログラムの団員名簿でも、既に名前が消えており、97/98シーズン途中で退団したものと思われる(ザルツブルクでのコンサートにも出演していなかった)。 もっとも、98年春のヨーロッパ旅行で「ハフナー・セレナーデ」のソリストとして出演したり、98/99シーズンも室内楽のメンバーとしては登場するようなので、BPOとの関係は今後とも続くものと思われる。 シュピーラーの後任にドイツ人コンマスを募集した際、クスマウルとブラッハーが最後まで接戦で残り、結局、この二人が一緒に入団し、93/94シーズンから第1コンマスが4人になったという話はよく知られている。 このシーズンのアバド指揮の「悲愴」がメインの開幕コンサートでは、クスマウルがコンマスで、ベルリンの聴衆から暖かい拍手で迎えられていたことが思い出される。 教授として勤めていた音大から長期休暇をもらってBPOに入団したとのことのようなので、また音大に戻るということであろうか。 BPOもまた第1コンマス3人という体制に戻るのであろう。

2.Violinen

長年第2ヴァイオリンのトップを勤めていたハンス=ヨアヒム・ヴェストファール(Hanns-Joachim Westphal)は、1930年ベルリン生まれで、定年後の96/97年と97/98年の Vorschau からは名前が消えているが、実際には特別契約団員のような形で演奏に参加していた(イースター音楽祭の団員名簿には名前が載っている)。 あの白髭を生やした趣きのある奏者である。 入団は1951年で、フルトヴェングラー時代から在籍した団員では現在残る最後の一人である。 このヴェストファールが 98/99シーズンの Vorschau では、メンバー表に名前が復活しているのがうれしい。 もちろん、97/98シーズンからはトップではないので、後ろの方で弾いてはいるが、若返る一方のBPOの中にあって、こういう味わいのある人が弾き続けてくれるのは大歓迎。 団員からも人望が厚い、仙人のような人なのであろうか。

Schlagzeug

打楽器のヤン・シュリヒテ(Jan Schlichte) が 、1933年生まれ1962年入団のレンベンス(Hans-Dieter Lembens)の後任として入団。 フランクフルト生まれの若手である。 98年春のマーラー3番では、セカンド・ティンパニを叩いていた。 終楽章の最後の二人で一緒にティンパニを叩く個所、シュリヒテが指揮者でなく、ファーストのゼーガースの方ばかり見て叩いていたのが印象に残っている。 97年ジルヴェスターの「カルメン」で、シンバルのシュルツの右で大太鼓を叩いているのがシュリヒテである。 なかなか素朴な感じの好感が持てる人である。

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