2001年イースター音楽祭


2001年4月7日(土)

ヴェルディ: 「ファルスタッフ」

前日の6日は、ケルンでプロコフィエフの「三つのオレンジの恋」のプレミエを観劇。 これもなかなか優れた上演だった。 このオペラと同様、「ファルスタッフ」もオペラ・ブッファの革新を目指した作品。 この手のオペラを、二日続けて聞くことになるわけである。 ケルンからは夜行列車で移動したので、この日の午後は、ホテルの部屋でゆっくり休息。 なお、この日も含め、第1ツィクルスの4日間は、ほとんど雨が降っていたのが残念ではあった (3日目の午後、少々晴れた程度)。

体調を調えてから、いざ出陣である。 BPOが演奏するイタリア・オペラを生で聞くのは、私は今回が初めて。 このあと、BPOがイタリア・オペラを演奏する機会もしばらくはなさそうなので、その意味でも、 鑑賞には気合いが入る(^_^;)。

開演5分前に、舞台の防火壁が上がると、緊張が高まる。 ピット内のオケの主要メンバーは、以下のようであった。

Fl) 1:ブラウ、2:ハーゼル、Picc:デュンシェーデ
Ob) 1:マイヤー、2:ドミニク
Cl) 1:フックス、2:プライス
Fg) 1:シュヴァイゲルト、2:ヴァイトマン
Hrn) 1:ドーア、2:シュレッケンベルガー、3:ヴァレンドルフ、4:クリーア
Trp) 1:ヴェレンツェイ、2:プラット、3:ヒルザー
Trb) 1:オット、2:?、3:ボイマー、4:チースリク
Timp) ヴェルツェル
Perc) ミュラー、シンドルベック
1stVn) 安永、ブラウンシュタイン
2ndVn) ティム、シュターデルマン
Va) レーザ、ダヌータ女史
Vc) ファウスト、マニンガー
Cb) ヴァッツェル、リーゲルバウアー

「ファルスタッフ」の抜粋は、ジルヴェスターで演奏しているが、 弦楽器の人数は、その時より少ないのではないかと思う (ちなみに、12 - 10 - 8 - 6 - 4 で、前日のケルンでの「三つのオレンジの恋」とまったく同数だった)。 管楽器も、クラの1番と2番、ホルンの1番と2番などがジルヴェスターとは交替しており(ティンパニもゼーガースでなくヴェルツェル)、 第1コンマスの2人こそ変更がないものの、今回の全曲演奏にあたっては、 新たに仕切り直しして望んだという感がある。

まあ、それにしても、ウィーン、ベルリン、ケルンとオペラを見てきて、 どこも木管楽器とホルンが下手側、ホルン以外の金管楽器は上手側と、 普通のオペラハウスのピット配置だったわけだが、 アバドが指揮するオペラは、ピット内でも、コンサートのステージと同じように、 木管楽器が指揮者の正面にくるので、 その点では、やや特殊な感じがしないでもない。

といった違いはさておき、やはりBPOの演奏は完璧。 弦楽器のトゥッティが見事に鳴り切った上に、 柔らかな木管楽器の音色が加わってくるわけで、まさに絶品としかいいようがない。 金管楽器が加わって、オケが強奏する場面も、もちろん申し分なし。 アバドも的確で気合いの入った指揮だったように思う。 なお、第3幕第2場冒頭の舞台裏からのホルン・ソロは、 ドーアがピットを一時退席して吹いていたようだった。

歌手では、ファルスタッフのライモンディが、良くも悪くも、十分に個性を発揮していて、 存在感があった。 2人の夫人を歌った女性歌手も、それぞれ魅力的でよかったと思う。 ナネッタは、ジルヴェスターとは別の歌手だったが、 今回もまた、娘には見えなかった(^_^)。

演出については、「ファルスタッフ」を生で見るのは、今回が初めてでもあり、 あれこれいう資格はないのだが、 第3幕第2場の公園のシーンで、緑の森が見られなかったのが残念だった以外は、 最初から最後まで、見事な采配だったように思う。 第1幕は、幕が開くと、まだ舞台装置が移動中で、ガーター亭を組み立てている最中。 どの幕も、場面転換は、幕を下ろさずに、舞台装置を巧みに動かしながらのセッティング。 こういうやり方は、優れた演出の手腕の一つと思っているので、なかなかよかった。

第1幕の演出での新しい趣向は、 まず第1場、ファルスタッフが2人の夫人を話題にして歌う場面で、 実際に舞台上に夫人たちが交互にイメージとして登場することであろう。 第2場への舞台転換で、ガーター亭の舞台装置がまた移動しながら解体されていくが、 ファルスタッフの座っている椅子だけは、そのまま残され、 第2場でも、ファルスタッフは(途中で少しだけ退席するものの)ステージに残ったままで、 夫人たちが歌っている最中も、その前で椅子に座って新聞を読んでいたりする (この場面の写真が、 ここに 掲載されている)。

第2幕も、ガーター亭からフォードの邸宅への場面転換など巧みだった。 また、フォード邸の舞台装置も、なかなか立派だったように思う。 第2場の愉快なシーンの連続も手際よく処理され (ファルスタッフが洗濯籠に入る場面の写真は、 こちら)。 休憩なしに第1幕と第2幕が上演された 18時30分から19時45分まで、 その完璧ともいえる演奏と演出のうちに、あっという間に時間が過ぎ去ったのであった。

休憩をはさんでの第3幕、第1場は、濡れた服を着たファルスタッフがオケピットから梯子を使って舞台に登場し、爆笑を誘いながらの開始。 ここの場面も、確か、植木が横に並べられ、 第1幕冒頭からここまでは、ザルツブルクの横長のステージに負けない巧みな舞台を、たっぷり堪能させてもらったように思う。 で、このあとの第3幕第2場の舞台にも期待を抱いたのだが、 ここだけは、舞台の天上から、森の書かれた板が吊り降ろされただけで、 舞台上には森も何もない、暗く何もない空間が広がっていただけで、 いささか残念ではあった。 まあ、演奏に集中する上では、特に問題があるわけではないが。 あと、妖精の場面では、女の子たちのバレエが踊られたが、 それまでの充実した舞台と比較すると、やや陳腐な印象がなきにしもあらず。 この場面だけは、まあ、こんなもんか、という印象に終わってしまった。

とはいえ、第3幕最後の有名なフーガの場面では、祝祭大劇場の横に長い舞台を逆手にとり、 テーブルを横にずらっと並べ、そこに出演者がファルスタッフを中心に 横一列に並んで座るという趣向。 思わず、「おぉ!」と感心し、歌手のアンサンブルの巧みさにも酔いしれた。 まあ、わざわざザルツブルクまでやってきて、 このステージに圧倒されなかったら、もったいないなぁと思い、 感激に浸ろうとしたせいもあるが(^_^;)。 新聞批評をざっと読んだ限りでは、安易な幕切れとの評もあったようだが、 「ファルスタッフ」の実演初体験の私としては、 全体として、十分に満足できる上演であった。



2001年4月8日(日)

ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第5番、交響曲第7番

「皇帝」は、同じアバドとポリーニの組み合わせで、1995年のイースターでも聞いているのだが、その時は、優等生的で完璧なだけの演奏で、あまり印象に残る演奏ではなかったような感じがした。 フォーグラーのティンパニ、ツェペリッツのコントラバスなどの活躍は、 記憶に残っているのだが。 6年後の今回、2人とも円熟の境地に差しかかり、 前回よりは楽しめるだろうと、期待して聞くことにした。 所々テンポが微妙に動いたりする個所で、2人の呼吸がどのようにピッタリ合うのかなどに注目して聞いたせいか、 それなりに楽しんで聞くことができたように思う。

主要な演奏メンバーは、次のような布陣。

Fl) 1:ブラウ、2:庄田
Ob) 1:マイヤー、2:ヴィットマン
Cl) 1:シュテッフェンス、2:ガイスラー
Fg) 1:ダミアーノ、2:マリオン
Hrn) 1:エキストラ、2:マックウィリアム
Trp) 1:ヴェレンツェイ、2:クラモア
Timp) ゼーガース
1stVn) ブラウンシュタイン、スタブラヴァ
2ndVn) ティム、カルゲール
Va) ダヌータ、レーザ
Vc) ファウスト、リニカー
Cb) ヴァッツェル、サクサラ

弦楽器は、12 - 10 - 8 - 6 - 4 という、いわゆる12型といわれる編成。 BPOによる「皇帝」の演奏としては、やはりちょうどよい編成といえよう。 また、今回の演奏には、ローマ、ウィーンでのツィクルスで演奏してきた上での自信のようなものもあったのかもしれない。

後半の交響曲、95年の「田園」では、弦の編成も14型に変わったが、 今回の第7番では、前半と同じ12型のまま。 なかなか首尾一貫した感じではある。

さて、後半の交響曲第7番の演奏だが、結局のところ、 デュナーミクなどを中心にほんの少しの細工を凝らした以外は、 基本的な演奏スタイルとしては、 伝統的なものとほとんど変わらないのではという印象。 トランペットにしろ、ティンパニにしろ、古楽器を使っているわけではなく、 従来のモダン楽器を使用しているのだし。 したがって、編成だけを少々減らしたからといって、どういう意味があるのだろうか、 という疑問が、最後まで抜け切らなかったというのが、正直な感想。

アバドとBPOのベートーヴェンといっても、演奏会場によって、 受ける印象が全然違ってくるわけだし、 例えば、ウィーンで聞けば、また別の印象を持ったのかもしれないとは思うが、 少なくとも、ザルツブルクのような大きな会場で受けた印象は、 以上のようなものであった。 もちろん、オケのうまさは、十分に堪能したので、満足ではある。 第3楽章中間部のヴェレンツェイのトランペットも完璧。 第4楽章冒頭のファースト・ヴァイオリンの例のプルトの表と裏との弾き分けも確認。 セーガースは、相変わらず?、第1楽章冒頭部など、両手で2台のティンパニを同時に叩いていたが、まあ、個人的な自己満足なのでは、という印象が残ったが(^_^)。

それにしても、終演後の拍手喝采はなかなかのものであった。 聴衆には、病後のアバドのステージ上での姿を初めて見る人も多かったのであろう。 オケが退散したあとも、スタンディングオベイションで、 アバドを称える人が多かった。



2001年4月9日(月)

モーツァルト: ヴァイオリン協奏曲第4番
ブルックナー: 交響曲第4番

この日だけは、メータの指揮である。ヴァイオリン・ソロは、F. P. ツィンマーマン。 メータの指揮というと、まあ、何となく能天気な感じなので、 それほど好みでもないが、 BPOにのびのびとした自然な演奏をさせるという点では、 そう悪くない指揮者ではあろう。

モーツァルトは、弦の人数が、10 - 8 - 6 - 3 - 2。 管楽器は2本のオーボエと2本のホルンのみの編成。 モーツァルトの協奏曲は、あまり守備範囲ではないので、コメントは省略するが、 素直でいい演奏だったのではなかろうか。 なお、協奏曲のあと、ヴァイオリンのアンコールがあったが、私の知らない曲。 ベルリンでの批評に載っていた曲(パガニーニの「わが心うつろになりて」による変奏曲)と同じであろうか。

さて、後半が、いよいよブルックナー。 今回のBPOの演奏で、唯一、ファースト・ヴァイオリンが16人、 コントラバスが8本という、16型の編成である。 私の右隣に、ウィーンから来ていて、イースター音楽祭創立時からの会員だという年輩のご夫人が座っていたが(ちなみに、私の左隣が LANDGRAF さんご夫妻だった)、 「今度の曲は、やっと大編成(grosses Orchester)ですね」と、目を輝かせていた。 いつも感じることだが、やはり、現地の年輩のご夫人方は、 大編成のオケがお好きなようである。

ブルックナーでの主な演奏メンバーは、以下の通り (もちろん、弦楽器、オーボエ、ホルンはモーツァルトから出演)。

Fl) 1:エキストラ(おそらくヴィーゼ)、2:庄田
Ob) 1:シェレンベルガー、2:ヴィットマン
Cl) 1:シュテフェンス、2:ガイスラー
Fg) 1:ダミアーノ、2:トローク
Hrn) 1:ドーア、2:マックウィリアム、3:イェツィールスキ、4:ハウプトマン
Trp) 1:クレッツァー、アシ:エキストラ、2:プラット、3:ヒルザー
Trb) 1:ゲスリング、2:?、3:ボイマー
Tub) ヒュンペル
Timp) ゼーガース
1stVn) ブラウンシュタイン、安永
2ndVn) ティム、ゲアハルト
Va) ダヌータ、清水
Vc) クヴァント、リニカー
Cb) ヴァッツェル、ライネ

フルートのトップがエキストラだったが、1月下旬に放映されたヴェルディ「レクイエム」で吹いていた人とそっくりだったので、おそらく、バイエルン州立管弦楽団のソロ奏者の ヴィーゼではないかと思う。 そうすると、メータの手兵が、今回は助っ人に回ったということになるのだろうか。 いずれにせよ、フォルテから最弱音の表現まで、なかなか見事に吹き分けていて、安心して聞くことができた。

第1楽章が弦の弱音のトレモロで始まり、ドーアのホルン・ソロも決まり、 クレッシェンドしながら最初の強奏に達すると、 やはり、BPOは編成の大きい後期ロマン派の曲が、一番しっくりくるな、 という印象を受ける。 ここの強奏での輝きのあるトランペットを頂点とするサウンドの陶酔感は、さすがに素晴らしい。 トランペットは、1アシを除くと、クレッツァー、プラット、ヒルザーとお馴染みの面子だが、 こういう組み合わせも、もうそう長くはないのかと思うと、感無量でもある。

もっとも、メータはオケをよく鳴らしてくれるとはいえ、 高カロリーのゴテゴテしたような演奏スタイルであり、 第1楽章の途中、金管楽器のコラールが崇高に鳴らされるところなど、 そこまでコッテリさせなくともという気がしないでもなかった。 案の定、ここの最後にティンパニも追加させていたが(^_^)。

第2楽章、第3楽章も、気合いの入った演奏でよかったが、圧巻は終楽章。 ゲネラル・パウゼの個所などでは、大見得を切るような指揮ぶりも見せ、 なかなかの熱演であった。 また移行部などの静かな個所では、それなりに深みのある解釈を見せる部分もあった。 何はともあれ、全体として豊穣なBPOサウンドを満喫させてくれた点では、高く評価したいと思う。

ついでに言うと、この日は、ファーストとヴィオラの1プルトの内側が、それぞれ安永さんと清水さん。 あとファーストに琴和さん、ヴィオラに土屋さん、そして、フルート2番が庄田さんと、 日本人が5人、ステージ上で活躍していた。



2001年4月10日(火)

ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲、交響曲第4番、合唱幻想曲

この日は、11時半から、公開プローベがあり、 ヴァイオリン協奏曲と合唱幻想曲のゲネプロが公開で行われた (全体を通したあと、ソリストとの最後の打ち合わせをしたり、オケと最後の確認をしたり)。 午後に参加した劇場の見学ツアーの際に、ステージ袖のスケジュール表を見たら、 午前10時からは、第4交響曲のプローベがあったらしい (その時に、交響曲が第2番から第4番に変更されることも知った)。 公開ゲネプロの開始前は、アバド自身は今回も挨拶をせず、事務局長が代わりに挨拶して、来年の予定などを説明していた。

例によって、主な演奏メンバーは、以下のようだったと思う。 フルートは、合唱幻想曲以外は、1本だけ。

Fl) 1:ブラウ、2:庄田(合唱幻想曲のみ)
Ob) 1:シェレンベルガー、2:ハルトマン
Cl) 1:フックス、2:プライス
Fg) 1:ダミアーノ、2:マリオン
Hrn) 1:エキストラ、2:マックウィリアム
Trp) 1:クレッツァー、2:クラモア
Timp) ゼーガース
1stVn) スタブラヴァ、ブラウンシュタイン
2ndVn) シュターデルマン、ゲアハルト(合唱幻想曲のみ、それまでは別の若い人)
Va) ダヌータ、清水
Vc) ファウスト、マニンガー
Cb) シュトル、ヴォルフ

昼に2曲も聞いて満足したので、夕方の本番は、無理に聞かなくても、という気もしたのだが(^_^;)、 やはり、もったいないので、聞きに行った。 驚いたのは、3曲とも、弦楽器の人数が異なっていたこと (交響曲以外は、昼の時点でわかっていたが)。

ヴァイオリン協奏曲 12 - 10 -  8 - 6 - 4
交響曲第4番 10 -   8 -  6 - 6 - 4
合唱幻想曲 12 - 12 - 10 - 8 - 4

ヴァイオリン協奏曲でのヴェンゲーロフのソロは、なかなか堂に入ったもので、 オケの好サポートも得て、なかなかの名演だったのではなかろうか。 オケもよく鳴っていたが、前日にメータで聞いたせいか、 かえって引き締まった感じの音にも聞こえてもきた。 公開プローベでは、第1楽章を通したあと、冒頭部分のオーボエに、クラリネットとぴったり音程を合わせるよう、何度も吹き直させていた。 もっとも、夜の本番では、それほど改善されたとも思われなかったが。

交響曲の第4番は、第7番と対にして演奏されることも多いだけに、 他の日に第7番も演奏された今回のイースター、 第2番から第4番に変更されたのは、まあ、理にかなったものといえるだろう。 相変わらず、全体に早めのテンポで処理していたが (終楽章は、ファゴットのダミアーノも大変だったことであろう)、 やはり、この曲だけ、なぜファースト・ヴァイオリンを10人に減らして演奏する必然性があるのか、 よく理解できないまま終わったという感じではあった。

最後の合唱幻想曲、まあ、昼に一度聞けば十分、といった感じの曲という気もしたが(^_^;)、 ポリーニの気合いの入った前奏、BPOの妙技(弦楽器の4人のトップ奏者によるアンサンブルも絶品)に続き、6人の独唱者が歌い出し、祝祭的な雰囲気の合唱で締めくくられると、 それなりに盛り上がって感銘深く終わる曲ではある。

なお、この日は、州立劇場で19時30分から「フルトヴェングラー事件」という演劇が上演されていて、 終演後に急いで移動し、21時過ぎに始まった後半だけは、 何とか、かろうじて見ることができたのだった。

(2001年4月15日)

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