Osterfestspiele Salzburg 1997

(後編)
3月30日(日)

復活祭の日の朝である。朝8時45分から ZDF で "Klassik am Morgen" という番組を見る。 毎週日曜にやっている番組のようである。この日は復活祭なので、当然イースター特集、 Oster → Glocken という連想から、鐘に因んだ曲を取り上げるとのこと。 1曲目は有名な「鐘のアリア」。 歌手が誰だったか覚えていないが、スタジオで衣装を付けた人が演じてたようだった。 グルベローヴァあたりの演奏にあわせて、誰かが演じていただけかもしれない。 2曲目はリムスキー=コルサコフ「ロシアの復活祭」。 誰が演奏するのかと思っていたら、日本でも放送された小澤/ベルリン・フィルの野外での演奏の模様だった(ちなみに、晩にこのオケを聞くことになる訳だ)。 最後の3曲目はパガニーニ「鐘」、 バンベルク響によるオケ版での演奏。

あとこの番組とも少し重なっていたのだが、ORF2 では、これも朝9時5分から、アバド/マーラー・ユーゲントオケによるマーラー第1交響曲「巨人」(ちなみにこのオケも、すぐあとマチネーで聞くことになる訳だ)。 マーラー・ユーゲントオケの設立された1987年春の最初の演奏ツアーから、ヴィーン楽友協会大ホールでの演奏の模様。アバドがずいぶん若いのが印象的であった。

ということで、奇しくもテレビで10年前の演奏が放映されたばかりのこのオケの演奏会に、この日はまず向かうことになる。開演は午前11時。チケットは当日券で楽勝。

Ivan Fischer/Gustav Mahler Jugendorchester
Fabio Vacchi: Dai calanchi di Sabbiuno
Mozart: Konzert für Klavier Nr.12 (Solist: Leon Fleischer)
R. Strauss: Also sprach Zarathustra
1曲目は現代曲で、大オーケストラのための改訂版での初演とか。 そう難しい感じの曲でもなく、トーンクラスターというでもいうか、そういうのが10分位続く曲。 演奏後、作曲家も2階の右のロッジェ席から挨拶していた。 2曲目のモーツァルトは編成を減らしていたが、最後の「ツァラトゥストラ」は、1曲目と同様、コントラバスだけで10本を超える大人数での弦楽器と、元気のあふれる管楽器による非常に勢いのある演奏であった。 そしてアンコールに何と、同じシュトラウスのサロメ・ダンス。 それまでステージ上に木琴やチェレスタなど使われずに置いてあったので、何をやるのだろうかと内心期待はしていたのだが、まさかこの曲をやるとは(^_^)。 という訳で、パワー全開のステージに、客席も非常に盛り上がった演奏会となった。

さて晩は、6時半からまた同じ祝祭大劇場で、メータ指揮のベルリン・フィル。

Zubin Mehta/Berliner Philharmonisches Orchester
Beethoven: Egmont-Ouvertüre, Konzert für Klavier Nr.2(Solist: Rudolf Buchbinder)
R. Strauss: Ein Heldenleben
当初はアルゲリッチがピアノを弾く予定であったが、直前にキャンセルになり、ブヒビンダーに変更。その代わりというか、最初にエグモント序曲が追加された。 この日のティンパニ奏者が、このあと6月で引退したフォーグラーだったので、彼の最後の勇姿が一つ余計に拝めることになり、私としては、これまたうれしい誤算(^_^)。

「エグモント」も気合いの入った名演だったが、この日は、何といっても「英雄の生涯」。 カラヤンやベルリン・フィルが長年得意としてきた曲だけに、こちらの期待も膨らむ。 『対決カラヤンVSバーンスタイン』(CDジャーナルムック)の中の山下一史の話で、 「カラヤンはシュトラウスが大好きで、英雄の生涯を指揮するとすごくいい顔をする。 特に終わりの少し前のすごくきれいなところで、”特別な”顔をする。それにオケが反応して......」というような話が載っていて、この個所はたぶん8分の6の langsam からの私も一番好きなところではないかと思うのだが、今回、ベルリン・フィルがここをどう演奏するかに、実は一番注目もしていたのだった。

で、結果は予想通り、ベルリン・フィルを一番楽しめた演奏となった。 イースター初登場のメータも、気合い十分、近年は風格も十分あり、アバドが指揮する時の最近のベルリン・フィルからは聞けないような厚みのある響きを引き出していて、すっかり感心させられた。 「英雄の生涯」は、これまで実演では、コンセルトヘボウ(シャイイ)、シカゴ響(バレンボイム)、ロンドン響(ティルソン=トーマス)で聞いたことがあるが、ベルリン・フィルで聞くと、この曲はあたかもベルリン・フィルが演奏するために存在するのではないかと思わせられような演奏を終始展開するのには驚いた。 カラヤンの死後、新しい団員もたくさん入団しているが、メータの指揮で聞くベルリン・フィルは、70〜80年代にカラヤンがこの曲を録音した頃と同じような重厚な音を繰り広げ、オケの伝統恐るべしという感も強くした。この曲は本当にこのオケの十八番といって過言ではないだろう。

コンマスはブラッハー、木管陣は、パユ(Fl)、シェレンベルガー(Ob)、フックス(Cl)、シュヴァイゲルト(Fg)、それにホルンはトップのドールと5番のハウプトマンが共に頑張り、 トランペットはグロート、途中のバンダにはクレッツァーも加わった万全の体制。 さらに何といっても素晴らしいのは、フォーグラーのティンパニ(^_^)。 思い入れというのは、どうにも恐ろしいもので(^_^;)、ベルリン・フィルの黄金時代を主軸として支えてきたティンパニ奏者の引退間際の(しかも十八番としてきた)「英雄の生涯」の演奏に、どうもこの奏者の生涯を重ねて聞いてしまわずにはいられない。あれだけ気合を入れて格好よく叩かれたら.... そして最初に触れた最後の静かなところの弦も、もう絶品で何も言うことなし。 すべてが決まるところに決まった、ほぼ理想的な「英雄の生涯」だったと言えるであろう。 あとは、もっといい席で聞ければ、まったく申し分なかったのだが。

ちなみに、この日夕方、開演前に、ホテル近くの食堂(入口の上の方に「ここでパラケルススが遺書を書いた」という文字が書かれている)で、結構満腹になるような食事をしたので、協奏曲の途中で睡魔が少々(^_^;)。何はともあれ、昼夜に渡って、シュトラウスの交響詩を楽しんだ一日となった。


3月31日(月)

ザルツブルク復活祭音楽祭の最終日。 この日は、午前11時からモーツァルテウムでまたBPO団員による室内楽のシリーズのコントラプンクテ。 29日にも触れたこのコンサート、入場料1000円程なのに、そう満員ではない。 祝祭大劇場は2200人くらい入るようだが、モーツァルテウムは(コントラプンクテでは2階席は閉鎖される)広土間だけで550人収容。だいたい6〜7割の入りだから、観客は300〜400人程度であろう。 夜の客の何割が聞きに行くのやら....といった感じで、ゆったり聞くことができるが、ちょっともったいない感じがする。

Eder: Quintett
Berg: Lyrische Suite
Berg: Adagio aus dem Kammerkonzert
Schönberg: Pierrot lunaire
とはいえ、上記のプログラムでの最終日のコントラプンクテ、なかなかの盛り上がりを見せた。 特に最後のピエロは、今回の音楽祭全体の白眉だったような気もした。 まず前半2曲がスタブラヴァ以下BPOメンバーによるフィルハーモニア・カルテットの演奏。 BPOの4人のコンマスの中にあって、スタブラヴァは、東欧出身であるせいか、きれいな音色というよりは、いささかくすんだというか渋い響きを出す人。 マタイの右オケでのソロや、復活のソロではいささか、あれれ?、と思わせられたりもし、不信感も芽生えはじめていたのだが、このベルクの叙情組曲の演奏で、逆にすっかり感心させられてしまい、彼を見直す結果となった。 これについては最後の総括でも触れるが、叙情組曲ではスタブラヴァの個性がプラスに作用し、従来よく言われているBPOのアンサンブルに対する月並みの悪口(上手くて音がきれいなだけとか)とは無縁の充実した味のある演奏が堪能できた。

休憩後のピエロでは、BPO団員も多数つめかけ(もっとも弦と木管奏者ばかりで金管・打楽器は見かけなかったが)、こちらまで緊張するような雰囲気。 アバドも2階席で聞いていたようである。ピエロはやはり語りのバーバラ・スコヴァが熱演で圧巻。 ちなみに、スコヴァは、95年ジルベスターのメンデルスゾーン・ガラでの「真夏の夜の夢」でも語りを担当していたから、アバドのお気に入りなのかもしれない。 「ローザ・ルクセンブルク」という映画で86年にカンヌ国際映画祭主演女優賞をもらっている。 さて、その次の功労者はピアノのカニーノ。この曲を知り尽くした感じで、はまるところにすべてはまっていて、他の追従を許さない印象を与えた。 次がクラリネットのプライスで、音色がすっかりピエロになっていて、この曲を得意にしている外部の人かと思ったら、ソロではないもののBPO団員なので、またびっくり。 それにクスマウル(Vn)、クリスト(Vla)、パユ(Fl)などが加わっての演奏で、90年代最高のピエロといって差し支えないであろう。 とにかく、演奏全体の水準が高いので、もっと難解な曲だと思っていたのに、こんなに聞きやすい曲だったかしら、というような印象すら与えるのである。 録音でも残してくれるとうれしいのだが。

さて復活祭音楽祭期間中は、これまで触れてきたように、夜の公演ばかりでなく、昼にもいろいろ高水準の催しがあって、観光がなかなかできないという贅沢な悩みが生じるのだが、この日の午後は、頑張って、「きよしこの夜」の歌が作られたことで有名なオーベルンドルフへ行ってみた。 ザルツブルクの地下駅から出発するローカルバーンに乗ってでかけ、”きよしこの夜チャペル”や資料館も見学し、記念品もいろいろ購入してきた。 この村は橋を渡るとすぐドイツで(橋の前に国境警備員が立っている)、この旅行中、数分だけドイツに足を踏み入れたことにもなった。

さて夕方までにザルツブルクに戻ると、もう夜は「ヴォツェック」である。

Berg: Wozzeck

     Musikalische Leitung:  Claudio Abbado
     Inszenierung:  Peter Stein
  
   Wozzeck                       Albert Dohmen
   Tambourmajor                  Jon Villars
   Andres                        Alexander Fedin
   Hauptmann                     Hubert Delamboye
   Doktor                        Aage Delamboye
   Erster Handwerksbursche       Andreas Macco
   Zweiter Handwerksbursche      Wolfgang Koch
   Der Narr                      Kurt Azesberger
   Marie                         Deborah Polaski
   Margret                       Margit Neubauer
   Mariens Knabe                 Konradin Schuchter

   Berliner Philharmoniker

   Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
   Tölzer Knabenchor
   Salzburger Chorkanaben und -mädchen

   (Koproduktion mit den Salzburger Festspielen)

噂には聞くペーター・シュタインの演出を生で見るのは初めてなのだが、どうやら、やれ具象だ、抽象だ、とか、あるいは、強引な解釈をするとか、そういった観念的なことは超越して、観客にわかりやすい演出をする人という印象を受けた。 わかりやすさを心がけた演出をするからといって、陳腐には全然ならないのは、この人のセンスの良さなのだろう。 変に考え過ぎて、こねくり回すこともなく。やはりセンスの良さというのが、オペラ演出で一番重要なのかなと感じた(LDで出ているブーレーズとの「ペレアス」も、そんな感じだと思う)。

舞台の一部だけで演じられる場面、舞台全体を効果的に使う場面、この見事な使い分け。 あと照明もよかった。そして圧巻は、第3幕の赤い月。 大きい赤い月が、下から上にゆっくり昇っていくのだが、実に見事な舞台効果。 ただその月の昇る間に殺人も行われるのだが、月に見とれているうちに、いつの間にかあっさり殺されているといった感じ。 全体を通してに暴力的な個所はまったくなし。 従って、オペラの舞台としては実に水準の高いものではあるが、表現主義的とも呼ばれるこのオペラから、暴力的でどろどろした要素を一切切り捨て、ここまでも美しい舞台として処理することが果たして.... という疑問もわかない訳には.....

ということで、たぶん評価は別れるであろう。 もちろんいいものを見たという満足感は確かに残るのではあるが。 ポラスキーのマリーは、残念ながら、ちょっと私の好みではなかった感じ。 結論としては、こんなきれいな「ヴォツェック」があっても、悪くはないかなといったところ。

ベルリン・フィルの演奏も、結局、この演出の意図に沿った演奏というか、大変精緻で音楽的に完璧な演奏ながら、薄味の演奏に終始していたような印象を受けた。 いつもは感心させられっぱなしコンマスの安永さんの見事なソロも、このオペラの中では蒸留水のような音色で、逆に午前中に叙情組曲を演奏したスタブラヴァのような音色を求めたくもなった。 それにしても、全奏でも厚みのないことおびただしい。第1幕の最後の方も、オケの響きに厚みがないから、ティンパニだけ浮いて聞こえる感じ。 第3幕の有名なHのユニゾンのクレッシェンドも、もっと大音量で鳴らすかと思っていたら、まだまだ余力を残して終わるし、最後の間奏曲もあっさり気味。 面白かったのは第1幕のバンダで、エキストラを使うのかと思っていたら、ベルリン・フィルの団員が結構参加していたようで、滅多にないそうした出番に張り切っているのやら、照れているのやら、といった風情を楽しませてもらった。 ただ、再三触れてるように、座席がもっとよかったら、もっと印象が変わったかもしれない。 (なお細かいことだが、このオペラの時だけは、オケの表記は Berliner Philharmonisches Orchester ではなく、 Berliner Philharmoniker となっていて、全シーズンの公演プログラムにも、オペラのの日程だけは載っていないようだ。)

なお、この同じプロダクションでの夏の上演(オケはヴィーン・フィル)に関して、tsujimoto さんのご報告があり、舞台についての実に詳細な描写もなされているので、ぜひご参照願いたい。


個人的な総括

個人的には、ティンパニのフォーグラーの最後のシーズンということが、一つのポイントではあった。 「復活」と「ヴォツェック」がゼーガースで、フォーグラーは「英雄の生涯」だろうという予想は当たり、これが見納めかと思っていたら、それ以外にも、エグモントの追加、公開プローベでのブラームス4番、「ヴォツェック」第1幕でのバンダ出演まであり、予想以上の大収穫。

メンバーの新旧ということでいえば、ホルンのザイフェルトは96年秋の日本公演後に退団したのか、プログラムから名前も消え、一度も登場しなかった。 クラリネットは新しく入ったソロ奏者の名前がプログラムに載っていたが(マルコ・トーマス)、「復活」と「ヴォツェック」では、またライスターが出しゃばっていて、顔見せはなかった。

今回、コンマス陣の個性を強く感じた。 クスマウル(マタイ)、スタブラヴァ(復活)、ブラッハー(英雄の生涯)、安永(ヴォツェックとブラ4)の4人を短期間に聞き比べることができるのは、イースターならではであろうか。 今回、考えさせられたのはスラブラヴァ。マタイのセカンド・オケや復活でのソロを聞いて、どちらもいささか雑な演奏で、安永さんのきれいな音色には程遠く、いささかがっかり。 不信感と失望が芽生えていたのだが、それを打ち砕いてくれたのが、叙情組曲の演奏。 雑ぱくな弾き方の渋い音色が、新ヴィーン楽派のこの濃密な音楽にマッチしていたというか、逆にこれが安永さんのような音だったら、こういう演奏にはならなかっただろうなと思うし、その意味で改めて彼を見直した次第。 音楽の美とは何かをつくづく考えさせられる4日間でもあった。

今回、一番残念だったのは座席で、私の席は1階の後ろから2列目のかなり左寄りと、演奏を楽しむには今一つだったこと。 マタイのステレオ効果はほとんど味わえなかったし、マーラー、シュトラウスも2階で聞ければ、もっとよかったはず。 それに懲りて、98年は変更を申し出て、2階5列目のど真ん中という席を割り当ててもらうことができた。 これからは非常に楽しみである。

(1998年4月1日)
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