フォーグラーのティンパニ


「 ベルリン・フィルの魅了 = フォーグラーのティンパニ 」 という感じで, 1970年代からベルリン・フィルを聞いてきた人間としては, フォーグラーの演奏の魅力を正しく認識していただきたいと思い, 今回,拙文をアップすることにした。 私自身の誤解・誤認に基づく誤りなどがあれば,遠慮なく指摘していただきたい。

フォーグラーは,1970年から1997年まで,ベルリン・フィルのティンパニ奏者として活躍したが,簡単な経歴等は,6年前に書いたので, そちら を参照いただきたい。 フォーグラーの入団直後,ベルリン・フィルの1970年代前半の録音を聞くと,ティンパニの音が硬めで張りのある音で鳴っていることに気づく。 例えば,1973年録音の《ツァラトゥストラ》冒頭のソロ, 同時期に録音されたドイツ行進曲集のティンパニ・ソロで始まる10曲目《フィンランド騎兵隊行進曲》などを聞けば,明瞭であろう。 1960年代までのベルリン・フィルにはない新しい魅力である。 こんな音を鳴らすティンパニ奏者は只者ではないと思って注目しつつ, その当時,いろいろ調べていたら,どうやらフォーグラーという名前の奏者らしい。 もう一人のテーリヒェンは,どちらかというと太くて厚い音という感じなので,その違いは鮮明である。 1970年代前半に収録されたブラームスとチャイコフスキーの録画(ユニテル)は,ティンパニはすべてフォーグラーが叩いていることが確認できるが,その音はどれも硬めである。 ちなみに,73年《ツァラトゥストラ》のティンパニは,『カラヤン全軌跡を追う』で金井清氏がテーリヒェンだと書かれていることから,テーリヒェン説が流布しているようだが, やはり明らかにフォーグラーではなかろうか。 フォーグラーの音がテーリヒェンに比べて硬いということは, 60年代末から70年代にかけてベルリンに滞在され,72年のヴェルディ《レクイエム》, 73年のこの《ツァラトゥストラ》のレコーディングにも参加されたトランペット奏者の 田宮さんも言っておられた (ちなみに,田宮さんの留学中にフォーグラーが入団したことになるが,田宮さんは, テーリヒェンの音の方が,自分にはいいとのこと)。 なお,田宮さんは「カラヤンはテーリヒェンが嫌いで,レコーディングのときは,ティンパニはいつもフォーグラーだった」とも言われていたので, 73年《ツァラトゥストラ》はフォーグラーで決まりということで如何であろうか。

フォーグラーのティンパニの素晴らしさは, 1970年代後半から日本でも認識されるようになったといえようか。 1977年の来日公演では,オーケストラアカデミーの募集が日本でもあり, 宮崎さん(現バーゼル響)が合格し,フォーグラーの弟子になった話は, 『パイパーズ』での一連の興味深い連載でお馴染みの通り。 また1977年の日本公演でフォーグラーに圧倒された近藤さん(現新日フィル)が, 1979年の来日公演の際にフォーグラーへの弟子入りを認めてもらった話も, 『レコード芸術』2003年12月号に書かれている。 ちなみに,私は1979年の日本公演,前半の管弦楽曲の4日間だけはすべて会場に出かけたが, 4日ともティンパニはフォーグラーで (テーリヒェンはマーラー6番のセカンドだけで,出番も第4楽章の低いEを主に叩く最後の方だけ), その妙技を堪能できたのが,あの巨大な会場での最大の収穫であろうか。

なお,アバド時代,フォーグラーのティンパニの音もだいぶ骨抜きにされたとはいえ, 1996年ヨーロッパコンサートでのベートーヴェン7番あたりでは, 硬目の音の片鱗がうかがわれるように思う。 (ちなみに,私がアバドの指揮でまともなフォーグラーの音を聞いたのは, 93年9月,ベルリンでの《悲愴》,第4楽章での渾身の一打だけだったような。 あの両手叩きは圧巻だった。)

さて, 不思議なのは,1980年代の録音では,1970年代の硬くて張りのある音が, あまり聞かれなくなることである (これは,録音がデジタル方式に変わった影響も大きいのかなと思っているのだが)。 1981年に録音された室内楽(Kammermusik)と題されたDGの4枚組のCD (国内盤は「超絶技巧の饗宴/ベルリン・フィルの名手たち」として発売) の1枚目, ベルリン・フィル金管アンサンブルの演奏, 1曲目の《騎手のファンファーレ》,4本のトランペットとティンパニ(フォーグラー)と, 珍しくティンパニ奏者の名前まで記載されているが, ここでのティンパニの音は,1970年代前半のコンコンと抜けるような硬い音ではなく, 割と厚みと重量感のある音で録音されている。 1983年の《ツァラトゥストラ》でも, 1973年の録音とはティンパニの音が全然違う。 この録音,ティンパニはフォーグラーなのだろうかと,ずっと半信半疑でいたのだが, 金管アンサンブルとの共演の音と似ているし, やはりフォーグラーなのであろうか。 個人的には,ベルリン・フィルの《ツァラトゥストラ》といったら, カラヤンの気合も充実していた1973年盤に軍配をあげたいところだが。 1987年のライヴ録音は,ティンパニの音だけに関していうと, 1973年盤と1983年盤の間みたいな感じで, 1979年の日本公演も,こんな感じだったような気がする。

もっとも,ニールセン《不滅》などを聞くと,1番ティンパニは, 明らかにフォーグラーと認識できるような張りのある硬い音なので, 安心はするのだが(^_^;), やはり,デジタル録音ということで,1970年代前半の録音とは, 当然ながら,雰囲気は違っている。

まあ,録音だけを聞いて,あれこれ言っても無意味ではあるのだが, フォーグラーの音が変わったというよりも, あのぐらいの名手になると, どんな音でも自在に出せるということなのではなかろうか。 今でも思い出すのは,1994年日本公演でのベルク《3つの管弦楽曲》, 第3曲〈行進曲〉,最後の方の152小節目からのティンパニ, スコアには「革のマレットで」と書かれてある個所。 撥先を革で包んだようなマレットでも使うのかと思って注目していたら, 実際に使ったのは,普通のフェルトのマレット。 ところが,聞こえてくる音は,まるで革のマレットで叩いているかのようなバシッという音。 おいおい,この人は,なんでこんなにすごいんだと,改めて思ったのだった(^_^)。

(以下,続くかもしれない ^_^;)

(2004年7月30日)