ヘンツェの オペラ「鹿の王」 (1956年初演、1963年改作)は、イタリアの劇作家ゴッツィの寓話劇「鹿の王」(1762年初演)に基づいて創作されたが、ゴッツィの劇も、いくつかの作品のモチーフを土台に書かれている。 そのうち、もっとも重要なのが、「セレンディッポの三人の王子の旅」(1557年)である。 この物語によって、後年、セレンディピティという単語(「ものをうまく見つけ出す能力」の意)も生み出されるが、こうした経緯や状況については、下でリンクしてある 関連サイト が参考になる。
「セレンディッポの三人の王子の旅」の話の冒頭部は、よく知られている。
旅に出たセレンディッポ(スリランカの古名)の三人の王子は、 ベーラム皇帝の国にたどり着き、ラクダに逃げられたラクダ引きと出会う。 ラクダを見なかったかと尋ねられ、三人はラクダの通った足跡しか見なかったのに、 ラクダを見たと冗談で返答する。 相手を信用させるために、三人の王子はそれぞれ次のように言う。ここまでが、よく紹介されているセレンディッポの物語の概要であるが、 物語はさらに続く。 そして、どちらかというと、思いがけない発見をするという内容ではなく、 ベーラム皇帝のために、三人が推理力や洞察力の素晴らしさを発揮して、問題を次々と巧みに解決していくのである。「片目のラクダでしょう?」
「そのラクダは歯が一本抜けてるでしょう?」
「足が不自由でしょう?」彼らの推理は、すべて当たっていた。 ラクダ引きは、三人に感謝して、逃げたラクダを探しに行くが、20マイル歩いても見つからない。 かつがれたと思ったラクダ引きは、翌日、また三人に会う。 そんなことはないと返答する三人。
「そのラクダは、片方にバター、片方に蜂蜜を載せていたでしょう?」
「ラクダには女性が座っていたでしょう?」
「その女性は妊娠してるでしょう?」これを聞いたラクダ引きは、三人がラクダを盗んだのだと思い、 皇帝に引き渡す。 皇帝は、預言者でもないのに、そこまでわかるはずがないと思い、三人を死刑に処すことにして、投獄を命じる。 しかし、そのあとすぐ、ラクダ引きの逃げたラクダが見つかり、三人の無実が証明される。
皇帝は、三人を釈放するが、どうして見てもいないラクダのことがわかったのか問いただす。
「路上の草の片側だけが食べられていたので。」
「どの草にも、ラクダの歯一本分のかみ残しがあったので。」
「足を一本引きずったような跡があったので。」「路上の片側にバターの好きなアリが、別の側には蜂蜜の好きなハエが列をなしていたので。」
「ラクダがひざまずいた跡があり、そこに女性の足跡があった。 子供の可能性もあるが、足跡の横の尿から肉欲的な匂いがしたので。」
「両手の跡があったので、排尿のあと、重い体を支えるために、両手で立ち上がったのでしょう。」皇帝は、三人の推理のあまりの見事さに驚く。 三人の王子は歓待され、しばらくこの皇帝のもとにとどまる。
やがて、三人の王子は、皇帝からの依頼でインドに出かけるが、皇帝は、三人の不在中に、
心の悩みから重い病にかかってしまう。
皇帝から依頼された品を、これまた鋭敏さを発揮して無事に持ち帰った三人の王子は、
皇帝の病を癒すために、皇帝に進言する。
「この国の七つの地域の首府に宮殿を建て、一週間かけてそれぞれの宮殿を回り、 それぞれの地域の代表者に、一つずつ物語を語らせるのがよろしいでしょう。」
こうして、典型的な枠物語として、七つの物語が語られることになる。 ゴッツィが「鹿の王」のモチーフとして利用した物語は、その中の1番目と5番目の物語である。 第1幕、花嫁選びの場面で、女性が嘘をつくと、立像が笑うという設定になっているが、これが第5話に由来する(「笑う立像」のモチーフ)。 第2幕と第3幕、死んだ動物や人間に自分の命を移し替え、姿を変えることができるという設定になっているが(王が鹿に姿を変えている間に、別の人間が王の体に乗り移る)、これが第1話に出てくる。
以下、後半の枠物語から、この二つの物語の簡単なあらすじだけを紹介することにする。
金細工の技術にも長けたある優れた哲学者が、ある日、銀の立像を作る。 この立像の前で嘘を言うと、この立像は笑うのである。 ある国の王侯が、この立像をもらい受ける。 王は、四人の候補の中から、一人の女性を花嫁に選ぶことにする。 最初の三人の女性に対しては、立像が笑うので、嘘をついていることがわかる。 四番目の女性には、立像は笑わないが、控え目で謙虚なので、 王は彼女を身分の低い家の娘だと思い、結婚する気にならない。ある日、一番目の女性の家へ行き、一晩をともに過ごす。 王が寝入ったあと、この女性はこっそり部屋を脱け出し、厩番のもとへ行くが、 王はその一部始終を目撃する。 翌日、王は二番目の女性を呼び、一晩をともに過ごすが、 この女性も、深夜、こっそり部屋を脱け出し、料理番のもとへ行く。 その翌日、今度は三番目の女性を呼び、一晩をともに過ごすが、彼女も、 深夜、部屋を脱け出して、農夫のもとへ行く。 その翌日は、四番目の女性を呼ぶが、この女性は、深夜、王が寝入ったあと、 ベットから抜け出ても、祈祷書を持って、隣の部屋に祈りに行くだけである。 その後は、どこへも行かず、王のベットに戻ってくる。 王は、すぐには本心だとは信じられず、その後の三日間も様子をみるが、 いつも同じ行動をとるだけである。
王は、結局、この四番目の女性と結婚することにし、 残りの三人の女性には、残酷な復讐を果たす。
ある国の皇帝が、ある哲学者から、秘術を教わる。 死んだ動物の体の上である言葉を唱えると、自分の命をその動物に移し替えて、 その動物を生き返らせることができるのである。皇帝は、ある日、狩りに出かけるが、狩りの一行から外れて、信頼する大臣と二人だけになる。 二人は二頭の雌鹿を殺し、皇帝は大臣に、二人で一緒に雌鹿に乗り移ろうと誘われる。 皇帝はその気になり、雌鹿の死体に乗り移るが、大臣は死体となった皇帝の体に乗り移り、皇帝を裏切る。 大臣は皇帝になりすますが、四人いる皇后のうちの一人にだけは、 愛撫の仕方が異なることから怪しまれ、 彼女だけはベットをともにしない。
皇帝は雌鹿からオウムに乗り移り、賢いオウムとして評判になる。 偽の皇帝に不信感を抱いている皇后の耳にも、どの評判が届き、 皇后はそのオウムを自室で飼うことにする。 皇后は、そのオウムが皇帝であることを見抜き、オウムに真実を語らせる。 オウムは、皇后に次のような方策を指示する。
「今度いつか、偽の皇帝がお前のそばに来ることがあれば、次のように言いなさい。 『私は世界で一番不幸な女性です。 死んだ動物に乗り移って、以前のように面白がらせてくれたあなたを、もう見ることができないのかと思うと心配で。』」
偽の皇帝は、この皇后になびいて欲しかったので、めん鳥を持って来させ、めん鳥を殺して乗り移る。 皇后は、オウムを鳥かごから急いで出して、死体となった皇帝の上に飛ばす。 オウムは皇帝の体を取り戻すことに成功し、 めん鳥は切断されて、室内の火の中に投げ入れられる。 皇帝の体を取り戻した本物の皇帝は、彼女だけを皇后とし、 偽の皇帝を見抜けなかった残りの三人を皇后の座から解任する。 その後は幸福に暮らす。
Die Reise der drei Söhne des Königs von Serendippo. Aus dem Italienischen übersetzt von Theodor Benfey. Göttingen (Vereinigung Göttinger Bücherfreunde) 1932. [ FFC 98]
セレンディプな本 (続・日本SFごでん誤伝)